第十章
彼らと共に野山を歩き、小舟に乗った。
朔の姫らしからぬ行動は、自身の身を、そして彼女の周囲を取り巻く者を助けている。
真夏は別荘にやってくる里の者たちの姿に、そう思った。
里の者たちは朔の父のことを知り、漠然と彼女の暮らし向きが苦しくなるということを理解し、せめて自分たちが出来ることをと、湖で取れた魚や山の恵み、畑の作物などを毎日、朔と彼女を守る者たちへ差し入れにきていた。
誰もが見返りを求めず、無邪気に朔を慕っている。権力におもねるわけでも、何か金目のものを手にできればと思っているわけでもない。そして、あわれみともまた違う感情で、里の者たちは朔の元を訪れていた。
里の者たちは、ただ親しい友人を訪れている、という感覚でしかない。はじめは食料を差し入れされることに、朔も芙蓉も戸惑っていた。彼女たちが固辞しようとするのなら、真夏はこっそりと里の者から差し入れを受け取るか、彼女たちを説得するかしようと思っていた。
けれど彼女たちは彼らの心情を理解し、快くそれを受け取る事を選択した。別荘の人間は必要最低限にまで減ってしまったが、朔はそれを気にする風もなく、里の子どもたちに誘われるまま、彼らと共に野山を歩き、小舟に乗った。
「こんなに楽しくて、すがすがしい日々ははじめてだわ。相手の思惑なんて何も気にせず、私は私のままでいられるのだから」
朔のそういう姿は、強がりではなく本心に見えた。一点のかげりも、彼女の表情からは伺えない。今までは朔なりに「左大臣の姫」という、見えぬ何かにとらわれていたのだろう。里の者たちの、身分などを気にせぬ親しみに接し、彼女ははじめて素直に、好意を好意として受け止められたのかもしれない。
(だが、この生活がいつまでも続くとは、姫も思っていないだろう)
真夏は今日も朔と芙蓉の護衛として、子どもたちに誘われ道を行く彼女たちと共にいた。湖の傍にある草原で遊ぶ子どもたちを、朔と芙蓉がおだやかに見つめている。
やわらかな漆黒の髪を、あるかなしかの風がちいさく揺らしていた。それを見ながら、真夏は今後のことを考える。
別荘にあった彼女への贈り物はすべて、売り払う算段が出来ている。そのほとんどを、穴多守が買い受ける事になっていた。地方官は、都の公家よりも大きな利潤を持つことがある。都から離れ、独立した政治が行えるからだ。
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