「落ちて溺れられるよりは」
抱きしめた彼女は、真夏が思うよりも細く、たおやかで軽い。しっかりと包んでおかなくては、ふわりと飛んで消えてしまいそうな気がした。
「あの」
おずおずと朔が言い、真夏は我に返った。
「あ、はい」
「もう、大丈夫だから」
ほんのりと目じりを染めて、はずかしそうにする朔に、真夏の心が激しく揺れた。もっと腕に力を込めて、胸深くに彼女をつなぎとめておきたいという衝動を、かろうじて堪える。
「岸に戻るまでの間、その男前に支えてもらっておけばいいさ。そのほうが安全だろう。なぁ」
漁師が気楽に笑い、そりゃあいいと舟を操る男が同意する。
「都の姫様方は、男に顔も見せないと聞いておるが、姫様は違っていなさる。里の者は、そんなふうにしておっても、だぁれも何も思わんですよ」
「姫様が、おっこちるほうが大変だ」
子どもがニィッと笑い、朔と芙蓉が意見交換をするように視線を合わせた。
(岸に着くまで、どうか、このまま)
真夏は強く願いつつも
「姫様が、お嫌でなければ」
ひかえめな言葉で、自分はかまわないと示した。芙蓉は少し不快そうに眉を下げつつ、朔に嫌がる様子の無いことを見取り、うなずいた。
「落ちて溺れられるよりは」
仕方が無いという気配に満ちた芙蓉の許可に、真夏は朔の意見を知るため彼女を見た。朔は少し恥ずかしそうに、顔を隠しつつ目だけは真夏にまっすぐ向けた。
「それじゃあ、お願いするわ」
そのときの光景を思い出した真夏は、熱っぽい息を吐いた。胸に描いた朔の姿に、心が気だるい熱を発している。
恋は熱病のようなものだと、誰かが言っていた。なるほど今までの俺は、本当の恋というものを知らなかったのだなと、真夏は想いの熱に溶けそうな胸を押さえた。
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