第八章
彼女の気丈さをいじらしく、少々うらめしく感じた。
たおやかな朔の四肢を腕の中に収め、真夏は胸に秘めた想いをいっそう強めた。
「俺が必ず、守り抜く」
口からこぼれた誓いに、朔がかすかにうなずいてくれたような気がした。
「朔姫。まずは、いつもの通りに食事をしましょう。腹が減っては気持ちもふさぎ、悪い事ばかりにとらわれる」
「ええ、でも……」
朔はそっと真夏の胸を押した。離れようとする彼女を無理に引きとめようとはせずに、真夏は腕をゆるめた。伏せられていた朔の目が持ち上がり、真夏の瞳を捉える。その目に揺れる不安を見つけ、真夏は笑んだ。
「今、できることをすればいい」
朔は小さな唇に、はかない笑みを乗せてうなずいた。真夏は吸い込まれるように、朔の唇に顔を寄せる。その気配を察したからか、朔はするりと真夏の腕から逃れ出た。
「私のできることを、しっかりと考えて行うようにします。この屋敷の者たちの今後は、私の采配にかかっているのだもの」
自分に言い聞かせるような朔の言葉は、真夏の助けは必要ないと言っているように聞こえた。
「朔姫」
呼べば、朔は逃げるように去ってしまった。揺れる髪を見つめ、遠ざかる衣擦れの音を聞く真夏は、彼女の気丈さをいじらしく、少々うらめしく感じた。
もっと、なよやかに心を預けてくれてもいいのではないか。頼ってくれてもいいのではないか。
この屋敷の主であるという自負を、彼女は不安の中で持とうとしている。ただの家人だと思っている相手に、気弱なところを見せてはならないと、気負っているのだろう。
(腕の中に抱きとめたときは、この俺に命運をゆだねてくれているように感じたのに)
気丈な彼女のけなげさを愛おしく感じつつ、自分を頼りにして欲しいと願ってしまう。
(仕方ないさ)
彼女は恋というものを、悲しいものとして捉えているらしい。叶わなかった姉の恋のために恋文を読まなくなった彼女を、真夏はそう受け止めていた。だから真夏が唇を寄せたときに、逃れたのだろう。真夏を嫌ったわけではない。恋を嫌ったのだ。
きっと、そうだ。
真夏はそう思おうとした。吸い込まれるように彼女に顔を寄せてしまったことで、触れなかったとはいえ、彼女が自分を拒む理由を作ってしまったと思いたくなかった。
朔は、真夏をあの行為ひとつで避けようとはしないだろう。
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