(恋をするなんて)

(彼がうまいから。だから、目が行ってしまうだけよ)


 朔は自分の目が、吸い寄せられるように真夏を見てしまうことに気付き、そんな言い訳をした。


 たしかに、蹴鞠は上手いと思う。けれど自分の目は、蹴鞠をはじめる前から真夏に吸い寄せられていた。すぐに彼の姿を見つけ、目で追ってしまっていた。


 否定しきれぬものを苦々しく思いながら、朔は泣きたい気持ちになった。真夏が子どもに向けている笑顔。あれを自分に向けて欲しい。子どもに差し出している手を、こちらに伸ばして欲しい。ここでこうして彼の姿を追っている自分を、見て欲しい。


 朔は隠れもせずに、簀子から庭をながめている。それなのに、ここにいる自分を見つけて欲しいと願っている。


 これは、どういうことなのだろう。


(恋をするなんて)


 嫌だと思っても、自覚をしてしまった気持ちは止めようが無かった。ぐんぐんと真夏に向かって流れていく。


(何か、この心を止める出来事が。ううん、打ち砕くようなことが、起こらないかしら)


 このまま真夏に焦がれて、恋煩いになってしまったら。それほど好きになってしまったのに、彼と結ばれる事が出来なかったら。そのとき自分は、姉のように嘆き、憔悴してしまうのだろうか。


 朔はふと、姉に手紙を書いてみようかと思った。別荘の暮らしの様子を書き、そちらの暮らしはどうですかと聞いてみようか。都に帰ったら会いたいと記してみようか。


 あれほど打ちひしがれていた姉は今、幸せになれているのだろうか。夫となった人に、心を許しているのだろうか。


 恋をいくつも重ねている人がいると聞く。そういう人は、どんな気持ちで恋をしているのだろう。どの相手にも、これほどに心を疼かせ苦しんでいるのだろうか。それとも、違うのだろうか。さりげなく、姫同士の集まりの時に聞いてみようか。必ず恋の話題が出てくるので、切り出すことは難しく無いだろう。


 あれやこれやと考えながらも、朔の目は真夏から離れない。見えない何かにつながれているようだ。


 真夏、と、朔は唇を動かしてみた。音を乗せない息で、彼を呼んでみる。


 気付くはずはないとわかっていながら、朔は彼の名をつむぎたい衝動にかられるままに、心の中で呼びかけた。


(え――)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る