彼の家柄が、朔の家柄とつりあうものであれば。

 年頃になってから異性と触れ合う機会など無かったから、とてもたくましく感じられただけで、あれはきっと特別なものではないのだわと、朔は胸を騒がせながら、せわしなく自分への説得をくりかえす。


(無骨な感じのしない、涼やかな様子だから、よけいに力強く思えただけよ)


 そこでふと、彼はどこの出の者なのかと気になった。真夏、という名は聞いたが、苗字は聞いていない。おそらく左大臣である父の警護を任された、武官の家の者のうちの一人であろうとは思うのだが、彼はどれほどの位を持っているのだろう。


(彼のことを、私は何も知らないわ)


 もしも彼が官位の上がる見込みのある者であれば。彼の家柄が、朔の家柄とつりあうものであれば。あるいは――。


 夢に浸るような心地になりかけた朔は、我に返って首を振った。何を考えているのだと、ほほを叩く。


(これは、気の迷い。気の迷いよ)


 そう思う端から、朔の意識に真夏の姿が浮かび上がる。初めて会ったときの微笑み。屋敷の中や外で目にする彼の所作。子どもたちに話しかけられ、応対をする時のやさしげな瞳。家人同士で会話をしている時の、男らしい笑顔。


(いやだ。私、どうして)


 次々に、意識をしていたはずも無い真夏の、さまざまな姿が浮かび上がってくる。見ていた意識がないままに、朔は真夏を見ていた。真夏の姿を追いかけていた。


(気のせいよ!)


 朔はすっくと立ち上がり、歩き出した。芙蓉が無言でついてくる。


「子どもたちが遊びに来るから、オヤツとお茶の用意をしておかなければね」


「都から届いた贈り物のなかに、唐菓物がございましたよ」


「足りるかしら」


「粉熟を作らせましょう」


 そんな会話をしながら、朔は意識を真夏から外そうとする。


(真夏の姿を、知らないうちに目で追っていたなんて)


 きっと気のせいに決まっていると、自分の想いを否定した。


 ◇◇◇


 にぎやかな子どもたちの歓声が、庭から上がっている。男衆たちが蹴鞠をしてみせると、里の子どもたちは興味を示し、自分たちもしてみたいと言い出した。朔や女房たちは簀子に座し、にぎやかしい彼らの様子を楽しんでいる。


 蹴鞠をしている者たちの中に、当然、真夏の姿もあった。真夏は子どもたちに人気があるようで、周囲にまとわりつかれ、困ったような笑みを浮かべながら、蹴鞠の技を見せている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る