朔はよろこびの涙を浮かべた顔を上げた。

「笛の音が、姫の心を伝えてくれました」


「真夏!」


 たまらず朔は御簾をはね上げ、真夏の胸へ飛び込んだ。


「朔姫」


 おどろきながらも、真夏はしっかりと抱き止める。


「高貴な姫は、そのように軽々しい行動を取るものではないはずですが」


 からかう声音に、朔はよろこびの涙を浮かべた顔を上げた。


「変わり者の姫と評判の私よ? やはりウワサは本当だったと言われるだけだわ」


 誰の恋文にも返答をせぬ姫が、というおどろきが漂う中、朔は真夏の胸に包まれる幸福に浸る。


「ああ、真夏。会いたかった」


「朔姫。俺も、お会いしたかった」


 帝が硬直する公忠に、楽しげな声をかけた。


「器量を知らしめる良い機会だな、公忠」


 朔は真夏に身を寄せたまま、額に青筋を立ててブルブルと震える父の政敵を見た。


 公忠は拳をにぎり、歯を食いしばり、必死に思惑とは違う光景をにらみすえている。


「まさか許さぬ、などと了見の狭い事は仰られませぬよなぁ」


 実篤の言葉に、次々と真夏の申し出を受け入れよという声がかかる。それに押されるように忌々しげに、けれど顔には引きつった笑みを張り付けて、公忠が言った。


「許す!」


 それ以上の言葉を放つ余裕を、公忠は持っていなかった。


 わっと人々が沸き、信じられない思いで朔は真夏を見上げた。


「誓いを果たしに来ました。朔姫」


 朔は湧きあがる感情に喉を詰まらせ、どんな言葉も出せなかった。大粒の涙を流す朔は、真夏の胸に顔を埋める。それを、しっかりと真夏が包んだ。


 皇子の誕生を祝う席が、二人の婚姻を祝う席ともなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る