「あんな人が義理の父親になるなんて、ごめんだわ」
「それは、息子から聞いておりますが」
「それならば、いまさらの言葉でしょう」
いたずらっぽく目を光らせた朔に、穴多守は心の中に入れていた本題を、少々強引に切り出した。
「姫様のような方では、都はさぞ窮屈でしょうな」
「ええ、そうね」
「このような、都にほど近い田舎に別荘を建てられたのは、父君の左大臣様も、そうお考えになられているからではないでしょうか」
朔は考えるように、少し首をかたむけた。
「そうね。お父様も、ここに別荘を作るとお決めになられたときに、そう考えたのかもしれないわね」
「姫様」
穴多守が膝を進め、朔との距離を少し縮めた。
「上の姫様も二の姫様も、共にやんごとなき方々の妻となられておられます。姫様には、ご自身の過ごしやすい場所で一生を送られてはと、左大臣様は思われておられるのかもしれませんなぁ」
朔の顔をうかがうように、穴多守がじろりと見た。カエルのような顔に、不気味さがくわわる。
「何が言いたいのか、はっきりと言ってくださらない?」
おおよその予想をつけながら、朔は問うた。穴多守は口の端を思い切り持ち上げ、彼にとっては最上級の笑みを浮かべた。
「我が息子と結婚をすれば、今のようにのびのびと過ごせますぞ」
やっぱりとでも言うように、朔は軽く息を吐いて芙蓉を見た。
「いかがですかな」
「里の方々との交流に、品位がどうのと言うような方の娘になれと、おっしゃるのね」
「ああ、いや、それは」
穴多守が気まずそうに、ほほを引きつらせる。
「お招き、ありがとう。景色はとてもすばらしかったわ」
凛とした美しい所作で立ち上がった朔は、笑顔のままだった。それが穴多守に冷や汗をかかせる。
「姫様。失言をお許しください」
「許すも何も、怒ってなんていないわ。ねえ、芙蓉」
「ええ。姫様は、少しも怒ってなどいらっしゃいません。ご安心ください、穴多守様」
芙蓉が朔と穴多守の間に体を滑らせ、穴多守について来ないよう、無言で示す。腰を浮かせかけていた穴多守は、床に手をつき頭を下げて、朔たちを見送った。
「あんな人が義理の父親になるなんて、ごめんだわ」
牛車に乗り込んだ朔がぼやき
「本当に。姫様には、ふさわしくありませんわ」
芙蓉が深く、同意した。
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