「私は、なんて愚かなの」
朔は芙蓉の目の奥を見つめながら、自分の中が空っぽになっていくのを感じた。
(お父様が、失脚)
それが現実として、朔の肌身に染み渡る。
(お父様が失脚をなされたということは)
どういうことになるのだろう。今までのように暮らすことは出来ない、ということだけはわかる。兄は、姉は、どうなるのだろう。
「文を見せてちょうだい」
朔は呼気を乱しながら、震える声を出した。芙蓉が気遣わしげに文を差し出す。文には、右大臣の姫が男児を生み、やんごとなき御方が大層なおよろこびであること。この上は、祖父となる右大臣の位を引き上げんと、左大臣にしたこと。新しく左大臣になった柳原公忠は、自分の一族の力を強めたいがために、元々の左大臣――朔の父親、久我久秀を太政大臣にするのではなく、解任するよう働きかけ、自分の兄である柳原為持を右大臣に据えたということが、記されてあった。
「ああ」
朔の手から、文がこぼれる。
「姫様」
芙蓉の声を、遠く感じた。
(真夏のことを、心から追い出すほどのことが起これと願ったから。だから、こんなことが起こったんだわ)
朔はあまりの衝撃に耐え切れず、半ば本気でそう思った。
「お父様」
胸を抑え、朔はつぶやく。
「ああ、お父様」
まさか自分を別荘に行かせると言った父が、そんなことを考えていようとは。朔はただ、姫らしくない自分をもてあました父が、それならば一度、好きに過ごさせてみようと思ったからだと、そう考えていた。自分を失脚の混乱から遠ざけるために、そのやさしさのために別荘を与えてくれたとは、考えもしなかった。
思いつくはずはない、考えもしないはずの出来事であるのに、朔は気付かなかった自分を責めた。
「私は、なんて愚かなの」
「姫様」
「何も知らずに、好きに遊んでばかりいて」
「姫様」
「私だけ、蚊帳の外なのね」
「姫様」
「一族の苦しみを、共に味わうことも出来ないのね」
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