第53話
四本目、先に飛び出したのはアクセルの方だ。
相手の仕掛けを見てアイガはドラミングパンチを始めるようパートナーに告げた。
「リィっ!」
アイガは咄嗟に一声叫び操縦桿を握る手に力を込めた。
名前を呼ばれたリィはドラミングパンチを開始。その腕の振動を肌で感じ取りながらアイガはゲインの右脚を半歩後ろに下げてからアクセルの半分以下の速度で機体を前進させた。
ドラミングパンチをアクセルに当てるタイミングを調節するための動作、操縦桿を動かしたのはアイガの思考ではなくベテラン操縦者としての本能だ。
三歩進み、アイガのディスプレイにアクセルの腰の部分が大写しになる。
ここだ――アクセルと接触する寸前、アイガはゲインの姿勢をわずかに、十五センチほど落とした。
◆
開始と同時に飛び出してきたアクセルの姿と、自分の名を呼ぶアイガの声に反応してリィはドラミングパンチを開始。左の操縦桿を押し出し、一発目のフェイクとなる左パンチを放った。
アイガの言った通りスイッチが入ったのか、感覚が研ぎ澄まされているような気分だった。
ゲインの放つ当たるはずの無い左パンチに反応してアクセルの右腕が動くのが良く見えた。アクセルに意識を向けながらも自分の腕がドラミングパンチを行っていることがどこか奇妙に感じられた。
迫るアクセルの上半身と腕部操縦席の笹原の顔がよく見えた。
リィの腕は連日の反復練習で覚え込んだ動きを忠実に再現し、二発目の右パンチをアクセルの胸部外装目けて突き出し、同時に拳を前に向けながら左腕を胸の前で固定する。
ドラミングパンチ完了の寸前アクセルがゲインの右パンチを左腕で上に弾き、外装と外装のぶつかり合うバィン! という音が鳴った。
この音に驚いたのかドラミングパンチを完了させホッとしたのかリィのスイッチはここで切れた。
そして二機のロボットが接触。
考えていたよりも大きな振動にリィの食いしばった口元から「フェィ」と妙な声が漏れた。
接触する直前ゲインが姿勢を十五センチほど低くしたことにリィは気づかなかった。
◆
前に出たアクセル腕部操縦席の中で笹原は淡々とした表情で接近してくるゲインの両腕の動きに意識をはらっていた。
アクセルが前に出ると同時にゲインが左パンチを放ってきた。こちらの動きに慌てたのかタイミングが早すぎるし拳の向きも斜め上を向いている。
これはこちらの気を引くフェイク――本命は右腕だと笹原は判断したが、何かしら変化を付けてくる可能性も考えてアクセルの右腕を上げた。
直後に笹原の読み通りゲインの右腕が動いた。
タイミングも狙いも正確な右のストレート、同時に機体も前進を開始し二機の距離は一気に縮まった。
笹原は目線を少し動かし視界の隅でゲインの左腕の動きを確認――斜め上に伸びきっていた腕が引き戻されていくのを視認して瞬時に攻勢に出た。
アイガと同様に笹原も頭で考えるより先に両腕が反応した。
アクセルの両腕を正確無比な技術で同時に操作。左腕を振り上げてゲインの右腕をバィン! と弾き、拳を下に向けた右腕を勢いよく振り下ろす。狙いはもちろんゲインの胸部外装だ。
アクセルがパンチを放った時、ゲインの左腕がアクセルの出っ張った胸部外装の影に入り見えなくなったが笹原は気に止めなかった。こちらの拳が先に届くと確信していたからだ。
アクセルとゲインが接触する寸前、ゲインがわずかに姿勢を落としたが笹原は気にすることなくモーターをフル回転させて右拳を相手の胸部外装に叩きつけた。
そして二機が接触。
接触による振動の中で笹原のヘッドセットに飛び込んできたのは耳障りなブザー音だった。
「何!?」と思わず笹原は表情を一変させた。この冷静な青年が今大会で初めて見せた顔でもある。それほどまでに笹原は放った一撃に確信を持っていた。
「何だ? 何がどうなった?」
脚部操縦席からはゲインの両腕が見えなかいため安永は笹原やテント前の会員たちに試合の状況を問いかけた。
『こちらからは二機がぶつかったようにしか、ゲインの左腕がここからではよく見えなくて……』
八車の口調でポイントが並んだこと――いや、笹原が遅れを取ったことで会員たちも混乱していることがよく分かった。
「ここからも左腕は見えません」
笹原はそう報告しながら目を凝らして見たが死角位置に入ったゲインの左腕は見えなかった。
見えたのはゲインの頭とその下の操縦席に座るリィの姿。
四本目を取ったことに驚いているのか彼女は目を丸くしてキョロキョロと首を動かしている。その目は涙ぐんでいるようにも見えた。
◆
四本目の展開が理解できなかったのは安永たちだけではなかった。
会場周辺に集まる観客たちもそうだ。
傍から見ていると二機のロボットが衝突したようにしか見えず、しかも決定打を放ったのはアクセルの方でゲインはいつパンチを繰り出したのかも分からない。
場内アナウンスが流れ客席前のモニターに【2-2】のスコアが表示されると戸惑いを吐露するようにざわつき始めた。
この時点で四本目の内容を完全に理解できていたのはドラミングパンチの存在を知っていた者たちだけ。
その中の一人――リィの母親である莉奈が思わず立ち上がり「よし、やったぞリィ!」と、歓喜の声を上げて両拳を天に突き上げた。
娘の練習を何度も見てきた彼女には、特訓の成果が発揮されたことがすぐに分かった。
その莉奈の隣で同じように特訓風景を見ていた老監督官のガンさんも満足そうにゆっくりと頷いてみせる。
「なるほど、機体を前進させて胸の前に固定した拳を当てに行く。連日のようにやっていた特訓はコレだったんだね」
「必殺技『ドラミングパンチ』だそうですよ。ガンさん。まあ、本当にこの場面で覚君相手に成功させると思えませんでしたが」
「お見事ですよ。あの数秒の間に特訓成果を出してみせたリィちゃんも凄いし、由良君のフォローも光っていた。まさにチームワークで勝ち取った四本目だ」
「フォロー? アイガが?」
「ええ、衝突する寸前にゲインの姿勢を――っと、モニターでリプレイするようですね」
戸惑う観客たちに応えるようにスロー再生の告知が流れるとモニター前の観客たちは一斉にそちらへ目を向けた。
ゲインが前進しながら伸ばした左腕を曲げて拳を前に向けながら自身の胸の前に固定すると、合点がいったと観客たちがどよめきが湧き上がる。
リプレイ開始から十五秒ほどで件のシーンが映り、ガンさんは画面を指さして莉奈に言った。
「ほら、ここで由良君が機体の姿勢をわずかに――二十センチくらいかな? 低くしているんですよ」
なるほど、スロー再生でみるとゲインが前進しながら姿勢を少し落としていく様がよく分かる。
「これは……、何のために?」
「上から下に振り下ろしてくるアクセルの拳の到達を少しでも遅らせるためです」
「遅らせるったって……」
「コンマ数秒あるかどうかでしょうね。でもこれが効いてゲインは薄氷の上からポイントを取ってみせた。由良君、事前にどこまで考えていたのかなぁ」
二十センチというのはドラミングパンチの拳を外さないギリギリの距離なのだろう。
リプレイで二機の激突シーンを見るとアクセルとゲインの拳は同時に相手の外装を捉えているように見えた。何度かそのシーンが繰り返されたが莉奈の目には完全に相打ちにしか見えなかった。
「運も味方してくれたのかな……」
「そう表現しても良いでしょうが、ここは素直にリィちゃんと由良君の作戦勝ち、読み切り勝ちってことで良いんじゃないでしょうか。いやぁ、年甲斐も無くワクワクしてきました。決勝という舞台でトップレベルの二人がギリギリまでしのぎを削る――こんなシチュエーションは中々見られるものじゃない。最後の五本目、どちらが勝つにせよ目が離せませんよ」
ガンさんはそう言って笑顔をリング内の二機へ向けた。フムと頷き莉奈もそれに倣う。
その二人の周囲――アームリフトを知り尽くす大ベテランの解説に耳を傾けていた観客たちも二機の最後の攻防に心を躍らせ始めた。
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