第39話
頭部外装に取り付けた中継用の小型カメラと外装表面の衝撃吸収材に不備が無いかを確認して、二十分ほどで大会運営による機体の最終チェックは終了。
アイガとリィに大会三種目の詳細ルールを書いた用紙七枚を手渡し係員たちは去っていった。
その資料でアイガの目を引いたのは『陣取りゲーム』のフィールドマップだった。対戦する両チームのスタート位置や柱の照明の点灯スイッチであるハンドの回す方向などが記載されている。
マップの記載された前後のページを確認した後、アイガはサインペンを手に取り『陣取りゲーム』の柱を見渡せる場所まで走り出して実際に並んでいる柱とマップを見比べ始めた。
同じようなことをしているのはアイガ以外にも数人見受けられ、その中には笹原たちの姿もあった。
「アイガ君、どうしたの?」
「図解を見てみろ。肝心のハンドル位置が記されてないんだ」
後を追いかけてきたリィにマップを見せて手早くやろうとしていることを説明する。
「ゲームのルールは把握しているよな?」
「当然。柱の天辺のLEDをより多く点灯させた方が勝ちでしょ」
「そのスイッチの位置が柱によってバラバラだ」
アイガに言われてリィは並ぶ柱に目を向けた。マジマジと観察してみると確かに点灯スイッチである丸いハンドルの位置が柱ごとに違っている。
向かって正面についている柱があれば後側についている柱もある。当然、上下左右の取り付け位置も柱ごとに異なっている。
ゲームの競技性を高める目的だろう。
アイガはどこか忌々しげに柱の列を睨みつけた。
「とにかく、ここから見えてる奴だけでいいからハンドルの位置をメモっておく」
リィが携帯端末のカメラをズームさせてハンドルの位置を確認し、アイガがサインペンでマップに書き込んでいく。この作業は五分とかからなかった。
同様の作業を行っているチームは他にもあったが、リィにはハンドルの位置をメモしておく意図がいまいち掴めていなかった。
「え~っと、つまり……どういうこと?」
「リィの仕事が増えたってことさ。いいか、あの並んでいる柱の向かって右下が俺らのスタート位置で、相手は左下からのスタートだ。一番近い柱まではそこから十五メートル。まずその柱のスイッチを目指す」
「何か作戦が?」
「作戦とか駆け引きとか入る余地は無いな。試合時間は五分だろ? とっととスイッチを入れることに専念した方が良い。むろん相手の動きには注意しなきゃいけないが」
アイガはペン先でマップとフィールドを指し示しながら説明する。
「調べて分かった通り、ハンドルの位置は左右二列ずつ対称に取り付けられている。このゲームで最も重要なのは腕の動き――正確に素早くハンドルを掴み、手首を回転させてスイッチをオンにすることだ」
「あ、そうか! ハンドルの位置を覚えておけば――」
マップを見ながらアイガの話を聞いてようやくリィの理解が追い付いた。
柱と柱の間隔は十五メートル、この距離を移動している間に次のスイッチの位置へゲインの腕を動かしておけば時間の短縮につながる。
「リィの責任重大ってことか……」
「気負わなくてもこの程度のことは軽くこなせるさ。ハンドル位置の暗記も高さを頭に叩き込めばいい」
「高さだけで良いの? あ! それって――」
「だから作戦なんて大層なモンは考えちゃいない。まあ、緒戦突破の道筋くらいは考えちゃいるが……何にせよ、スイッチの位置だ。右半分は頭に叩き込んでおかなきゃ始まらない」
アイガはリィにそう言ってマップを凝視し、記載したスイッチの位置をつぶやき始めた。
◆
午前十時を過ぎ、凹広場に面した斜面のベンチに観客が集まり始めた頃、待ちかねたロボカップ開始のアナウンスが流れた。
参加する学生たちが歓声と拍手でそれを迎え入れる。
皆で整列して偉い人の話を聞いた後、選手宣誓を行う――といった開会式的なセレモニーは一切無かった。
開始のアナウンスが終わるや間髪入れず、ロボカップ一回戦、第一、第二試合の操縦者に機体搭乗を促すアナウンスが流れ、指名されたチームの操縦者たちがキャリアー側面にある梯子を上り愛機へと乗り込んでいく。
第一、第二試合を行う四機のロボットに操縦者が乗り込み機体背面にあるコクピットブロックのハッチが閉じると、ロボットたちはキャリアからアスファルトへと一歩を踏み出し、ボコ広場へ向かうスロープへと歩きだした。
四機のロボットが連れ立ち歩くモーターの音は立体遊歩道まで響いた。
係員の振る誘導灯に従い最初に『陣取りゲーム』の会場に入ったのはスカイブルーの機体――前回優勝のアクセル。
次いで会場入りしたのは、その対戦相手となるオレンジとイエローの鮮やかな外装のキューティー・キュー。
観客席からの拍手に迎えられて両機はスタート位置についた。
第二試合を行うブラスターバトンとハニーハニーの二機は広場の入り口でスタンバイ。この二機の腕部操縦者が身を乗り出すようにしてアクセルに視線を向けた。ここで出番を待つロボットの腕部操縦席が最も間近でアクセルを観ることができる特等席だった。
立ち並ぶテントからも学生たちがぞろぞろと這い出し、ゲームフィールド全体を更地を見渡すことのできる斜面の上へと移動する。
彼らの目も全てフィールドの左側に立つアクセルへと注がれ、口を開く者は一人もいなかった。
皆が無言でスタートを待ち構えた。
アナウンスがカウントダウンを開始。五、四、三、二、一、ゼロで二機のロボットが前方十五メートル先に立つ柱へ向かって駆け出した。
ボールの弾むような足音が大きく更地全体に響き、観客席はもちろん立体歩道の方からもどよめきが巻き起こった。眼前を六メートルある金属の巨体が大股で走る様は他に類を見ない迫力があった。
示し合わせていたかのように静まり返っていた学生達も一斉に歓声を上げた。
試合を行う二機の大学はもちろん他校の者たちも「どちらも頑張れ」という風にWメガホンやスティックバルーン、フォームフィンガー等々、各種用意して来た応援グッズを振り回してフィールドへ声援を送る。
野次やブーイングが起こらないこともロボカップの特徴の一つだった。
アクセルとキューティー・キュー、同じような大股で駆ける二機は同時に一本目の柱に到着。同じタイミングで丸いハンドルスイッチへと腕を伸ばした。
スイッチ鷲掴みにして手首を半回転。
柱の上にLED照明を先に点灯させたアクセルだった。その差一・三秒。
二本目、三本目と照明の数が増えるにつれて、アクセルが目に見えてリードしていく。
四本目の柱を点灯させた時点でその差は六秒。
アクセルが五本目を点灯させた時点でキューティー・キューは五本目の柱にたどり着いたところだった。
ここで会場がどよめいた。アクセルに先行されて焦ったのかキューティー・キューが五本目のハンドルを掴むのに手間取ったからだ。
何とか照明を点灯させたものの、これで勝負は決定した。
観戦している大学生たちの中の誰かがつぶやいた。「やっぱり茅盛か」と。
アクセルとキューティー・キュー、走行速度の変わらぬ二機の明暗を分けたのはやはり腕部操縦者の技量だった。
コンマ一秒でも早くハンドルスイッチに触れることができるよう、利き腕を前に伸ばしたまま移動するのは両機共通の動作だ。
差があったのは柱にたどり着く直前からハンドルを直につかむまでの動きである。
アクセルの腕を操作する笹原は次の柱のハンドルを目視しながら柱に到着する前に腕の位置を修正、ハンドルを鷲掴みいして手首を回転させる。
以上、一連の動作を笹原は全ての柱で素早く、ミス無くこなしてしまう。
柱一本だけならこの技量によるアドバンテージは一秒にも満たないだろう。
しかしそれが積み重なれば話は違う。
対戦相手のプレッシャーにもなるだろうし、ミスを誘うこともできる。
その結果が今まさに更地で行われている一戦だった。
試合時間の五分が経過し試合終了。スコアは七対五とアクセルの圧勝だった。
送られる拍手の中をアクセルは対戦相手とともにゲームフィールドから退場し、すぐに第二試合が開始された。
同時にアナウンスで第三、第四試合の操縦者にも機体搭乗の指示が出る。
アイガとリィもキャリアー側面の細い梯子を伝いコックピットブロックへ潜り込んだ。
リィがシートに座り最初に行ったことは、搭乗の邪魔にならないように前にスライドさせていたゲインの頭部外装を引っ張り元の位置に戻すことだった。
操縦席の真横に取り付けた金属シャフトにカチリと頭部をはめ込んだ後、リィはシートベルトを締めゲインを動かすためのコントロールアプリを起動させた。
アイガがシートベルトを締めて最初に行ったことはチェストリグに詰め込んだ物資――エナジーバーやサンドイッチ、ドリンクの確認だ。
頭部装着型ディスプレイに視界を塞がれていてもドリンクが飲めるように左脇に取り付けたストロー付ボトルの位置を調節する。調節した後でアイガはストローを咥えてボトルの中身――ほどよく冷えたスポーツドリンクで口の中を湿らせながらコントロールアプリを起動。ゲインを覚醒させた。
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