第八章 ロボカップ一回戦

第38話

 鶫南港つぐみなんこう埋立地。

 名称にある鶫南港から一キロほど西にある、かつて工場が立ち並んでいた埋立地で、その工場が取り壊され更地となってから四十年近く経過している。

 今『鶫南港埋立地』とインターネットで検索しトップに表示されるのは温室のようなガラス張りの外観をした六棟からなる国際展示場だ。

 モーターショーや企業の技術展示会から果ては同人誌即売会まで多種多様なイベントが毎週のように開催されている。


 そして今日、六月最後の日曜日であるこの日もアミューズメント・ゲームショーが開催されており、最寄り二駅から会場へ続く立体遊歩道にはそれ目当ての客が長蛇の列を形成している真っ最中状態であった。

 その遊歩道の海に面した南側を伸びる列の目が展示場とは別方向に自然と引き寄せられた。示し合わせたように皆が歩を緩め、あるいは脚を止めて海側へと顔を向ける。


 遊歩道から海までの間に、土手のような傾斜に囲まれたサッカーグラウンド八面分に相当する古びたアスファルトの広い更地が広がっていた。

 海側は高い堤防となっており、この堤防と更地を分断するように海側から、長さ二百メートル、幅十七メートル、深さ二メートルの河口のように見える大きな溝が築かれている。

 この埋立地が海洋レジャー施設として再利用される予定だった頃に築かれた小型船舶の係留場だという噂が有力だが真偽は不明だ。


 この溝があるためこの更地を上空から見ると綺麗な『凹』の字の形をしており、誰が付けたか『ボコ広場』という名称が定着していた。

 ここ数年は定期的に市民イベントが催されており、周辺住民にはお馴染みの広場となっている。


 その更地を囲む土手の上にズラリと運動会などで見かけるような白い簡易テントが並び、その周辺には青や緑にグレー、オレンジと色とりどりのつなぎを着た人が溢れかえり所狭しと動き回っていた。


 テントと人だけなら何かしらの市民イベントだろうと脚を止める人も少なかっただろう。通行人達の目を引き付けたのはテントのそばに十メートル間隔で停まっている八台の大型トレーラー――その荷台の上で直立している六メートルの人型ロボットだった。

 二台が垂直に持ち上がり立ち並ぶ八機のロボットは赤や青に黄色と、どのロボットもカラフルに配色されている。中には人が乗り込んでいる機体もあった。


 ロボット群に目を引かれた人たちの次に行うリアクションも面白いように一致していた。

 何というイベントなのだろうか? と更地周辺を隅々まで眺め、テントの列の脇、中型アームリフトとTVの中継車の間に立てかけられた赤い看板に気付く。

 赤い看板には白抜き文字でこう書かれてあった。

『第二十三回 ロボカップ』と。


                   ◆


 電車で現地入り予定の女性陣が埋立地に到着したのは朝の八時を少し回った頃だった。


 ゲインを載せたトレーラーの真後ろにある『かきくけか』のテントまで真っ先に走り寄って来たのはリィである。


「おはようございま~す!」と、そのテンションの高さを表現するように右手を高々と振り上げ、『かきくけか』のメンバーばかりか隣のテントの学生たちの視線をも引き付けてみせる。


 その後ろからぞろぞろとやって来た華梨、各務、東たちのテンションは低かった。東などはいま起きたばかりのように欠伸を噛み殺し重い瞼をこすっている。

 彼女たち三人は展示場の更衣室で大学名の入ったつなぎを着用済み。

 唯一ゲインに乗り込むリィだけが私服――首元の大きく広がったTシャツにロングのダンスパンツを履き、その裾を膨らませるようにしてブーツで固定している。アイガの作業服であるニッカポッカを真似た格好だということは誰の目にも明らかだ。


 その相方アイガの姿を見つけるとリィは素早く駆け寄りコンビニの袋を差し出した。

 袋の中にはコーヒー牛乳とカツサンドが三つ。それぞれ、トンカツ、ハムカツ、チキンカツだ。


「ゲン担ぎだってのは分かるけどこんなに食えないって……」


 袋を覗き込むアイガのテンションは相方リィと違って低かった。

 アイガだけではない、車で現地入りした会員たち全員のテンションが低かった。朝っぱらということもあるのだろうが、気が昂り昨夜ほとんど眠れなかったのが原因だ。要するに遠足前夜の小学生のようなものである。

 まあ、人の心理として致し方無いだろう。


 ちなみに、この寝不足は『かきくけか』だけに限らず他校の参加者達も同じだった。

 昨夜、眠れぬ者同士が集まり、コンビニで買い込んだスナック菓子やジュースで明け方まで和気藹々と談笑し続けた。アルコールは自重したとはいえ、この酒の無いの反動がこれである。


 その夜通し語り会った面々も今はそれぞれの簡易テントへと戻り、試合開始前の最後の作業に取り掛かっている。


 ボコ広場を囲む斜面の上に十五メートル間隔で横一文字に並んでいる八張の白い簡易テントは作業場兼、荷物置き場として運営が用意した物で、TV中継ではモーターレースにちなんで『ピット』と呼称されている。

 もっとも大会中の作業場ではあるが機体を持ち上げるクレーンが無いため、できるのは精々電気周りの修繕とバッテリー交換くらいであり、関節部がいかれるような故障が起きた場合はリタイヤせざるを得ない。


 そのテントの前には各大学のロボットを載せたトランスポーターが整列しており、八機のロボットがズラリと横一列に並び立つ様は絶景かつ得も言われぬ格好良さがあった。

 TVの取材クルーもそう思うのか、カメラマンが端にある『かきくけか』のテントのそばからロボットの列を撮影し、その前で女性レポーターがしきりに口を動かしている姿が見えた。


 テントの並び順はトーナメント表の並びと一致しており、『かきくけか』のゲインと茅盛のアクセルは列の両端で出番待ちの状態だ。


 アイガはその列の反対側の端に立つ鮮やかなスカイブルーの機体に目を向けた。

 アクセルは以前に見た時と同じ鋭角的でシャープな外装をまとっている。頭部も目のつり上がった、見ようによっては凶悪な顔つきのデザインだ。

 アクセルの周囲で動き回るオレンジ色のつなぎを着た茅盛の学生たちの中に笹原と安永の姿が見えた。二人とも他の部員と同じつなぎ姿で、その上にチェストリグを装着している。試合展開の打ち合わせをしているのだろう、更地を指差して何やら話し込んでいる様子。


 更地ではビブスを着た作業員たちが小型アームリフトを動かして試合のための準備を進めている真っ最中だった。

 先に述べたように更地の中央には海側から幅十七メートル、長さ二百メートルの人口の溝が造られている。

 その溝を挟んだ右側には第一回戦で行う『陣取りゲーム』のための柱――パイプを組み合わせて作った高さ八メートルの柱が十五メートル間隔で四列、四本ずつの計十六本の設置され、溝の左側には第二回戦で行う『射撃ゲーム』の的が五枚、溝のすぐそばに並べられている。


 的は縦横三メートルある金属板の衝立ついたてで、そこに中心から赤、白、青と塗り分けられた直径二・五メートルの円が描かれている。

 五枚の的のうち四枚は十メートル間隔で並んでおり、残る一枚だけが三十メートルほど離れた場所に置かれていた。この一枚は射撃練習用のための物である。


 大会運営が会場四箇所に設置したスピーカーから係員が機体の最終チェックを行うというアナウンスが流れた。同時に更地で動き回っていた小型アームリフトと作業員たちが撤収していく。


 試合開始の時が近づいていた。

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