第37話
ダブルモーターの調整作業が完了し、巽と周りで見守っていた会員たちが最後の仕事をやるべく一斉に動き始めた。
最後の仕事――組み上げた新しい外装の取り付けである。
調整作業のため取り付けていた黒く塗装した古い外装を取り外し、白い外装を取り付けていく。
電動工具を用いてフレームやコックピットブロックにボルト止めしていく作業だが、外装の取り外しは何度も経験しているので巽たちの手際は見事なものだった。
頭部、両肩、背面、腰周り、両腕、両脚部、電動ツールが唸りを上げるたびに鈍い銀色のフレームが白地にオレンジラインの入った、丸みを帯びたボディへと変貌していく。
調整作業を行っていたアイガやリィ、東は会室前に椅子を並べてゲインが見違えていく様子を見守っていた。
同じく調整作業に参加していた風根はそこにはおらず、胸部外装を乗せた台車を押しながら会員たちの間を練り歩き声を掛けている。
その風根がアイガたちの方にもやって来た。
「ホイ、由良っち君たちも一筆」
「一筆?」
アイガが差し出されたサインペンに目を細めた。
「寄せ書きっすよ。あっしも一番に書かせてもらったっす」
「毎年恒例ってやつだ」
風根が胸部外装の裏側をアイガたちの方へ向けた。白一色の裏側に『ゲイン躍動!』『めざせ一勝!!』『今年こそ四位内に入れますように』などの文面がサインペンで書き込まれている。会員たちのロボカップへの意気込みを集めた寄せ書きだ。
その中に『リィちゃんが大活躍できますように!』の一文が目についた。誰が書いたのは一目瞭然だ。寄せ書きをしばらく眺めアイガは思い出したように口を開いた。
「そういえば、リィと東って小学生の頃から友達なんだっけ?」
「どうしたの、急に?」
「いや、前に聞いた巽先輩の昔話が良い話だったからさ。おばさんから二人は家も離れていてクラスも違うのにある日いきなり仲良くなったって聞いたから……、二人揃ってここにいるのは何かロボットに対する切欠があったのかな? って」
「あ~~、なるほど。――無いっすよ、そんな良い話」
東が脱力したような笑顔で右手をヒラヒラと振ってみせた。
「杏ちゃんと初めて会ったのって小二の時だったね」
「いまは亡き駅前デパート五階の休憩所だったっす」
白瀬駅前には再開発計画で三年前に取り壊された古いデパートがあり、その五階にベンチやテーブル、自販機、アミューズメントマシンなどが設置された休憩所があった。
「男子の由良っちは知らないかもっすけど、当時『アイドル・パラダイム』っていう小四の女の子がアイドル目指すアニメが流行っていて、そのゲーム機がそこに六台くらい設置されておりいたんす」
「名前は聞いたことあるな」
「お、知ってるぞ。日曜の朝十時からやってたヤツだろ? 妹が見てる後ろで朝飯食いながらボケっと見てたわ」
風根が会話に加わった。
「へぇ、で、面白かったんですか?」
「内容については余り……。覚えているのは変なトコばっかだな。主人公が会場行くのにツルハシで穴掘り進んでたり、主人公の親衛隊のリーダーが身長三メートルくらいあったりとか――とにかくおかしな番組だったな」
「つまり二人はそこで知り合ったと」
「そうっす。あっしの隣の台でプレイしていた女の子がパーフェクトコンボでクリアするのを見て思わず声をかけたのが切欠っす」
「覚えてる。覚えてる。一緒の学校ってことが分かって色々盛り上がったよね。一緒にオープニング歌ったりして」
「子供だったとはいえ、はた迷惑なことしてたっすよね~」
「あの時の歌と踊り、リィはまだ覚えてるよ」
リィの言葉を受けて東がフンフンフンと小さく鼻歌を歌い大げさに頭を抱えてみせた。
「ヤッベ。あっしも歌とダンス覚えてる……」
「そんなモンだろ。ボケっと見てただけの俺でも主題歌は覚えているしな」
「そりゃいい、風根。ぜひ打ち上げで披露してくれ」
茶化すように風根に声をかけたのはドリンクボトルを取りに来た巽である。外装の取り付け作業も胸部外装を残すのみとなったようだ。作業に参加していた他の会員たちも一息入れに集まってきた。
先輩たちの盛り上がりを少し眺めて東は脱線していた話を元に戻した。
「と、そんな訳であっしが『かきくけか』に入ったのもリィちゃんに付き合っただけ。それ以上でも以下でも無いっす。無いっすけど――」
東は言葉を区切り優し気な視線をゲインへと向けた。
「でも、付き合いで入ったあっしでもこのゲインには思い入れがあるし、もしも優勝したなら、きっと涙ぐむと思うっすよ」
「うん! 分かる、分かるよ杏ちゃん!」
東の台詞が琴線に触れたのかリィは胸部外装の内側に手にしたサインペンを勢いよく走らせた。
その文面は「お寧々ちゃんや皆の期待を叶えることができますように」だ。
「できるさ」リィからサインペンを受け取ったアイガは口にした言葉をそのまま彼女の一文の隣に書き込んだ。何かと慎重なこの少年にしては強気のコメントだといえるだろう。
もっと中央に書けばいいのにと、巽が脱力したように笑った。
程なくして会員たち全員の願いが込められた胸部外装の取り付けが始まった。
装着場所はコクピットブロックの真正面。
操縦者二人は会員たちの願いを抱えてロボカップに挑むのだ。
全ての外装を取り付けてゲインが完成した。
「ホント、見違えるもんだな……」
ゲインを見上げながらリィは頬を紅潮させ、アイガも惚れ惚れとした視線を白い機体に注ぐ。
完成形となったゲインは肩幅や胸の厚みが増し、貧弱な寸胴ボディからマッチョマンへとまさに見違える変貌と遂げていた。
そして新しい頭部はイケメンだ。
西洋甲冑のヘルメットをモチーフにしたそれは四本の金属製の支柱でボディに接続されており、ロボカップではここに中継用の小型カメラを取り付けることになっている。
他には遊び心的な機能として腕部操縦席に座るリィの頭の動きに連動して首を振る
――正確にはリィが頭につけるヘッドセットの向きに反応して、それが右を向けば直上にあるゲインの頭部も右を向く――という機能が備わっているが、ゲインの仕様上頭部外装は飾り以外の意味はないハリボテパーツだ。
とはいえ、そんな頭でもあるとないとでは大違い。これが在るだけで見た目の印象がガラリと変わる。外装を取り付けただけではテーマパークの大きなオブジェにしか見えないゲインが、頭部を取り付けるととたんに人型ロボットへと変貌するのだ。
アイガの目を引き付けたのはその変わりようだけではない。
外装装着により見違えた六メートルのボディにはアイガの琴線に触れるものがあった。要するにとても格好良く見えた。
外装自体のデザインが優れていることに加え、艶のある白い表面に走るオレンジ色のライン、パーツを組み合わせたことでできた凹凸のラインとボルトの窪みがメカニックとしての精密感を、天井からの照明を受けて機体上に生み出される陰影が重厚さを生み出している。
巽のプラン通り、軽量化のために上腕部と大腿部の外装は装着されていない。
なので肩から肘、腰から膝までは銀色のフレームが丸見えと、まるで骨が剥き出しになっているかのように独特のシルエットを作り出していた。
見る者によっては異様にも見えるこれもアイガには際立った個性、ゲームのラスボスのような得体の知れぬ『強者』の雰囲気を醸し出しているかのように見えた。
以前見たデザイン画からは想像もつかなかった六メートルの存在感の塊がそこにあった。
このゲインにも恥はかかせられない――そんな思いが自然と湧き上がってくる。
これに乗り込むことが誇らしく思えるほどに、ゲインを動かす自分が格好良く思えてくるほどに。己でも気付かぬ気合いの炎がアイガの中で静かに燃え始めた。
「さて、これでやってもらわなきゃならない仕事は全て終了だ。由良君たちは選手なんだし先に休んでくれて構わないよ」
ゲインが完成し、巽がアイガとリィに告げた。
時刻はすでに夜の八時を回っている。こんな時間まで倉庫にいたのはアイガは勿論、リィにとっても初めてのことであった。
この後、深夜十二時を過ぎた頃、ロボカップ運営の手配したトランスポーターがやって来ることになっている。
六メートルあるロボットを運搬するのは交通量の少ない深夜に運搬するというのはロボカップ開始初年度からの決まり事だ。
「九時前じゃまだ眠れませんよ。それに三時間後には出発でしょう。俺は車の中と会場で眠ることにしますよ。――とりあえず着替えには戻りますけど」
アイガがポリポリと後頭部を掻きながら巽に返答する。
この後の予定では、巽たち男子会員たちはゲインを輸送するトランスポーターを追随してそのまま夜中の内に会場入り。
女子たちは朝の始発で現地に向かうことになっている。
女性陣は帰宅し、男性陣はトランスポーター到着まで一時自由行動となった。
アイガは巽たちと一緒に寮に戻り、風呂と着替えを済ませて倉庫に戻る。
巽はグレーのスポーツシャツにハーフパンツ。風根はサッカーチームのユニフォームといった具合に会員たちは皆ラフな格好に着替えていた。
彼らがお馴染みのつなぎを着るのは大会が始まる直前である。
軽く補足をしておくと、ロボカップには服装の規定は特に無く、作業着姿が一般てきだが中にはコスプレでロボットを操縦する学生をいたりする。
その大学の作業着を配布されていない高等部の会員は私服で大会に臨むこととなる。
アイガは白地に赤色でキャラクターのイラストがプリントされたTシャツに愛用の黒いニッカポッカとワーキングシューズに着替えていた。
工事現場ではお馴染みのコーディネートで、アイガが気合いを入れてアームリフトを動かすときはいつもコレ。これこそが彼の戦闘服であった。
「由良っち君、気合い
アイガと一緒に倉庫に戻ってきた風根がバッグからサスペンダーのような物を取り出してアイガに差し出した。
戦争映画などでよく目にするベルト式のチェストリグだ。色はカーキーで左側脇の辺りにドリンクホルダーが、腹部と両脇腹の三か所にポーチがついている。
「ゲインに乗り込む時につけるんだ。格好つけるためじゃないぞ、ちゃんと意味がある。コクピットの中で食えるようにエナジーバーやドリンクを入れておくんだ。何しろ一度乗り込めば最低でも二十分。試合結果いかんじゃ一時間近く降りられないなんてことがあるからな」
コクピット内への飲食物持ち込みに規定は無く、バスケットやショルダーバックを使っても構わないのだが、あえてこれを使うのは頭部装着型ディスプレイで視界を塞がれていても手探りで扱うことができるからである。先代からの知恵であり参加校の大半がこれを使用して大会に臨んでいる。
アイガは早速チェストリグを装着してみた。初めて身につける物なので締め付けられる感覚が少々気になったが腕を動かす邪魔にはならなかった。
「こんな感じですか。どうです?」
「うん、似合ってるよ。風格を感じるね」
巽がタブレットでアイガの撮影して画像を見せてくれたが。アイガ本人にチェストリグが似合っているのかは判断がつかなかった。
深夜十二時をまわり十五分遅れで大会運営の手配したトランスポーターが大学埠頭にやって来た。ハングキャリアーを連結した、工事現場でもちょくちょく見かけるイワサキ自動車工業製のトレーラーだ。
トランスポーターは二台両側に取り付けた複数の警告灯を点灯させながら断続的にエンジンを吹かし、バックすることを告げる警告音と共に倉庫内に進入。キャリアーを垂直に上げながらゲインの手前で停車した。
アイガの操縦でゲインをキャリアーに載せた後、機体がゆっくりと横倒しになり、その上に青い防水シートをかぶせる作業に三十分近くかかった。
そんなこんなでゲインを載せたトランスポーターが倉庫からロボカップの会場へ向けて発進したのは深夜一時過ぎのことだ。
会場となる
倉庫脇に停めていた二台のワゴン車に分乗し、トランスポーターの後を追いかけるように『かきくけか』会員たちも出発する。アイガは風根の運転するワゴンの最後部に乗り込んだ。
深夜の大学埠頭。扉の閉まった倉庫の間を縫うように車は走り出し、大学埠頭を照らす橙色の街頭の中を抜けて車道へと進んでいく。
どこか儚げな街頭の明かりの下をゲインを載せた大きなトレーラーが走り抜けていく。フロントガラス越しに見えるその光景に車内の会員皆が気分を高揚させた。
彼らのどよめきとエンジン音を聞きながらアイガは後部座席に体を沈めて目を閉じた。
この道の二時間先にロボカップの会場がある。
アイガがその持てる技術を奮う仕事場だ。
数時間前アイガは巽に車の中で眠ると告げていたが気が昂り、とても眠れそうに無かった。
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