第23話

「ゲインってこんなに素早く動くことができたのか……」

 静まり返った倉庫の中で皆の心境を代弁するかの様に会員の一人がつぶやいた。


 彼らの目を引き付けたのはこれまで見たことの無いゲインの動きの鋭さだった。いや、搭乗者の技量で動きがガラリと変わることに驚いたというのが正しいだろう。

 どこかギクシャクとした、関節部に何か挟まっているような動きしかできないロボット。それが彼らの知っているゲインの姿だ。


 当たり前のことだが、巽を始めとする『かきくけか』の会員たちはゲインの関節部に取り付けてあるモーターのパワーは把握しているし、四十キロ以上ある特殊マルエージング鋼の腕をどの程度の速さで動かすことができるのかも理解している。


 前会長が操縦していたゲインが、スペックから導き出した理想値通りの動きを見せたことは一度も無い。

 そして、巽を始めとする会員たちがそれを疑問に思ったことも無かった。

 重力に慣性、空気抵抗に摩擦、自然の要因が脚を引っ張り、カタログスペック通りの性能を発揮できないというのはロボットに限らずよく聞く話だったからだ。

 こういったマイナス要因を一つずつ検証し、解決していくことが自分たちの役目だと思っていた。

 だからこそアイガの操縦するゲインの動きに驚愕し心奪われ、思い知ることとなった。

 自分たちがゲインの性能をまるで理解していなかったことに。


 巽たちの思い込みは見事に打ち砕かれた。

 搭乗者の技量でゲインの動きはガラリと変わる。

 思い返せば初めて試乗したあの日の内に、アイガはゲインがどれだけ動くことができるのかを把握していたのだろう。


 会長である自分よりも、入ったばかりの後輩の方がゲインのポテンシャルを見抜いていたという事実に巽は顔から火が噴きでるほど恥ずかしくなった。

 穴があったら入りたいという心境だ。しかしここに穴など無い。


「どうしたんだい、巽君。何か機体に問題でも?」


 牛田の二度目の呼び掛けで巽はようやく我に返った。


「あ? ああ、大丈夫。申し訳ない」巽はヘッドセットを外し額の浮き出た汗を手でぬぐい取った。「少し驚いてしまっただけだよ。こちらのことは気にしないで牛田君のペースで撮影は進めてくれて構わないから。何か問題が起きたなら伝えるよ」


 巽は心中の動揺を誤魔化すような微笑を牛田に向けて、手にしていたタブレットをポンと軽く叩いてみせる。

 次のシーンの撮影のためゲインの真正面にあるキャットウォークに場所を移してから、牛田は次のシーンの説明を操縦者に向けて話し出した。


「さて、ここからクライマックスの最終戦闘シーンだ。鈴那さんはこちらの合図で一歩ずつ前進。由良君の方は見本のアクションをやる際、目の前に巨大な竜の姿をした破壊神をイメージして行ってほしい」

「破壊神ですか」

「そう、破壊の邪神。こいつの放つ魔法の弾をアスタルフォンが光の聖剣でさばくシーンなんだ」


 邪神? 聖剣? あ、「もしかしてコイツ、イイモンだったの?」

 撮影する映画の詳細を聞かされていないアイガは『魔王』という肩書から悪役を演じているものだと思い込んでいたアイガは少々面食らってしまった。

 しかし、この魔王が主人公だというのなら、こうやって手間暇かけて撮影したいという拘りは分からなくも無い。


「主人公なら……もっとヒーローっぽく動かした方が?」

「うーん、そうだね。アイディアがあるなら動きに加えてみて貰えるかな。修正が必要ならその都度指摘するし」


 分かりましたとアイガは操縦桿を動かし始めた。

 縦、横、斜めと竹竿を振り回して最後にその先端を前に突き出して伸ばした右腕をピタリと止める。


「うはぁ、聞いちゃいたけどホントに中に人が入っているみたいっすねぇ」


 ゲインの最初の演技を見ていなかった東が感嘆の声を上げた。

 巽たちほど衝撃を受けていないのは彼女が『かきくけか』に入ったばかりの高等部一年生だということと、リィからアイガの凄さを聞かされていたからである。


「まったくな。こんなゲインを見る日が来るなんてまだまだ未来さきのことだと思ってた」


 風根は顔を引きつらせたまま短い前髪を手でかき上げた。

 彼の言う未来さきというのは、六メートルあるロボットがヌルヌルと動けるようになるには何度も改良を重ねた後、自分や巽が卒業して更に数年後という意味だ。

 その未来はすでに目の前にあった。

 もっとも誰が操縦してもこの動きが可能というわけにはいかないようだが。

 風根はリィに顔を向けながらつぶやいた。


「何が違うんだろうな。毎日のように操縦していた前会長たちはもっさりとした動きしかできなかったのに。コツがあるんだろうってのは分かるんだが……」

「ん~、練習のコツは教えてもらってるけど、動かし方のコツは教えてもらってませんね。とにかく経験だって。あ、自分がどれくらい上達しているのかはゴルフスイングしてみれば分かるってお話が面白かったかな」

「ゴルフって、あの?」


 東はゴルフスイングの真似をする。そのゴルフだとリィは頷いてみせた。

 ゴルフスイングの説明は不要であろう。

 足元に置いた静止しているボールを振り上げたゴルフクラブで打ち出すあのスポーツだ。

 これを人が行えばアマチュア、プロに関わらず(ナイスショットとなるかどうかは置いておいて)肩やヒジの関節を上手く連動させて振り上げていたゴルフクラブをスムーズに降り抜くことができるはずだ。

 空振りしたとしても、この時振り下ろしたクラブヘッドはボールの間近を通過していることだろう。


 このスイングをロボットで行うとすると、初心者が操縦した場合まず間違いなく、肩の関節が動き切ってからヒジの関節が動きだすという、ギクシャクとした動きになってしまう。

 ある程度慣れた者だと各関節を連動させるようにして動かすことはできるが、今度は正確性が損なわれる。

 スイングしたクラブの先がボールから大きく逸れてしまうのだ。水平に近いスイングになることも珍しくはない。

 そしてこれは動かし方をレクチャーすればできるようになるというわけでもない。


 トップレーサーのドリフトを簡単に真似できないようなもの、ビデオゲームでやり込んだプレイヤーのスーパープレイを再現できないようなもので、熟練者が経験により掴み取った勘所を知らなければどうにもならない。


 アイガが実演してみせた、腕を鋭く振る操縦方法も言葉にしてしまえばシンプルなものだ。

 まず肩関節を動かし、最適なポイントでヒジ関節を稼働させる。

 この時、ヒジの動きの勢いを肩関節のそれと同一方向へ向くように操作すればいいだけ。

 ヒジの動きが少しでもズレると力の向きが分散されてしまう。若葉マークの操縦者が腕を鋭く動かせない原因の九割が――


「これだって話もしてくれましたね」


 リィが指をピンと立て、アイガから聞いた話を得意気に語る。


「動かし方で1+1が3にも4にもなるってわけか。とんでもねぇな……」


 風根は放心したような顔でゲインを見上げた。

 ゲインは次のアクションを始めている。手にした竹竿がまたも空気を引き裂いた。


 アイガがこの場で行ったことを言い表すなら『ゲインの持つ性能を最大限に引き出してみせた』この一言に尽きるだろう。


 東はとんでもない技量を持つ者が味方にいるという事実に身を震わせた。「コレ、今回マジで表彰台狙えるんじゃ? 脚、改造するんですよね? そのゲインと由良っちの組み合わせ……、どんな動きを見せるのか想像できないすっよ」

「だよね。何か今からワクワクしてくるよね~」


 テンションマックスな東とリィが互いに手を叩いて舞い上がる。小躍りする仲良し二人のやりとりに、風根は失念していたことを思い出した。


 そういやこの撮影会、ゲインの脚を改造するかどうかの試験を兼ねていたんだったな。

 昨夜巽からことの顛末を聞かされた時は驚いたが、各務の言い分も分かる。なので特に反対することも無く承諾した。アイガの操縦技術を見ておく良い機会だと考えたことも承諾した理由の一つに入るだろう。


 この試験のことは東や他の会員たちにはあえて知らせなかった。

 リィだけは華梨から話を聞かされていたようだが、試験のことを聞いたリィは「アイガ君なら大丈夫だよ」と憤ることも無くあっけらかんと答えたそうだ。

 リィのアイガに対する信頼はかなりのもののようだ。

 事実ここまで彼女の言葉通りとなっている。風根の中ではアイガはすでに合格済みだ。


『よぉ~し、次のシーン行ってみよう!』


 ヘッドセットに飛び込んできたノリノリな牛田の声に風根はキャットウォークを見上げた。

(そういや、そろそろアレの番か?)

 風根は手にしていたタブレットの画面を切り替え、次に撮影するアクションシーンを確認した。

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