第24話
「あっちゃ~、次コレかぁ……」
ゲインのコックピットブロックの中、頭部装着型ディスプレイを額に押し上げ、操縦席の正面に取り付けたタブレットPCで次のアクションをチェックしながら華梨は肩をすくめた。
タブレットの画面では『アクションシーン、パァ~トてぇん!』と陽気な声を発した牛田が右手に持った棒切れを頭上高くと放り投げ、体を少し捻りながら右手を素早く後ろへ伸ばして落下してきた棒切れをキャッチ。
再び手にした棒切れで牛田が正面を薙ぎ払うと画面の外から『六回目にしてようやく成功』とカメラマンの声が入り込んだ所でこのシーンは終了した。
牛田の説明によると、魔王アスタルフォンが邪神の攻撃で弾き飛ばされた聖剣を素早く背面越しにキャッチし剣を一閃。邪神の片腕を斬りおとす、苦戦していた魔王が反撃を開始する重要なシーンとのこと。
問題となるのは、この放り投げた剣を後ろに伸ばした腕で受け止めるという動作をゲインで再現するということだった。
巽を筆頭に、映像を観た『かきくけか』の会員たち全員が不可能だと判断した曰く付きのアクションである。
もちろん華梨もその中の一人で、彼女がこのアクションを不可能だと判断した問題点は二つ。
単純に投げた物を受け止めるという操作が難しいということが一点、その次の問題点が牛田の指定してきた竹竿を受け止める位置だ。
腕の操縦席はコックピットブロックの上、ゲインの首の付け根部分にあるため操縦者はゲインの喉の位置から周りを見渡すことになる。
操縦者の視界はフレーム状態でもコックピットブロックの出っ張った淵や機体の肩などでかなりの制限を受けてしまうのがデフォルトだ。
そこにいまは外装が取り付けられている。
これは操縦者からすると前後左右にボンネットが突き出た車の運転席にいるようなもので、機体の周辺は露ほども見えやしない。この状態で落下してくる竹竿を腰の辺りで受け止めるなど不可能。
目隠しをした状態で投げた棒を受け止めるようなもの――
(ん? 目隠し――?)
華梨は妹が興奮気味に語っていた話を思い出した。思い出すと同時に真上からアイガの声が聞こえてきた。
「牛田カントク、さっき言ったようにここはアレンジが必要になりますよ」
『ああ、さっき言ってた、右手で投げて左で受けるって奴だね。その通りやってくれて構わないよ。カメラワークも修正しているからね』
「え? ちょ、ちょっと待って、由良君どういうこと? アレンジって、何も聞いてないんだけど?」
ヘッドセットを通して聞こえてきた会話に華梨は思わず口を挟み込んだ。返事は真上とヘッドセットの二方向から返ってきた。
「すいません、アレンジの話をしたのがついさっきだったんで。要するに見本のままじゃ再現不可能だから一部変更するってことです」
「いやそれは分かるけど……」
コックピットブロックの中の二人の会話にヘッドセットを装着していた会員たち全員が耳をそばだてた。
アイガがこの難題をいかにこなしてみせるのかは皆の関心ごとだ。
風根などはそばにいるリィや東にも聞こえるようにヘッドセットを外してボリュームを上げてやった。
「オリジナルのままじゃ腕の動きが間に合わないんですよ」喋りながらアイガは操縦桿を動かして、竹竿の聖剣を掲げるように魔王の右腕を高く上げた。「剣を放り投げるとなると腕をこの位まで上げなきゃならない。で、ここから投げた竿を受けるために腕を後ろに回すとなると、絶対に間に合わない。腕の動きよりも竿が落下する方が早い。倉庫の屋根が低いからこればっかりはどうにもならない。まあ、高くブン投げるとコントロールが難しくなるから屋根が無ければ大丈夫という訳でも無いんですけどね」
「なるほど、だから左手で受け止めるってことか……。で、私は?」
「華梨先輩のやることに変更はありません。ゲインの左足を半歩下げて立たせてください」
「そうだ、転倒防止のワイヤーは取り外さなくて大丈夫? 竹竿投げる邪魔になったりしないのかな?」
「大丈夫ですよ。むしろ、このワイヤーは聖剣投げるための良い目印になります」
「な、なるほど……。参考までに聞きたいのだけれど、投げた竹竿を受け止めるアクションに問題は無かったりする?」
「そこは問題ありませんよ。ゲインは後ろを向けませんけど、動かしている俺は後ろを向いて竿がどう落ちてくるかを確認できますからね」
あ、やっぱりできるんだ――自分が考えていた問題点はアイガに取って問題でも何でもなかったらしい。
そして今のやりとり。こちらが何か問い掛けるたび、アイガから予想以上の答えが返ってくる。
もはやレベルどころか次元が違う。
華梨は己の額から恐れとも興奮とも分からん奇妙な汗が滲み出るのを感じていた。
ゲインが左脚を半歩引き、竹竿を握った右腕を肩の高さに上げて撮影の準備を整えると、機体を見上げていた『かきくけか』会員たちがゾロゾロとゲインの左側へと移動し始めた。
本当にアイガが操縦席から見えない位置で落下する竹竿を受け止めることができるのか見届けるためだ。
皆が息を飲み待ちわびる中、ドローンで飛行するカメラの動きを最終チェックした後、牛田のアクティブという声が響き渡った。
一際大きくモーターの音を鳴らして、黒の魔王がいかにも剣を弾き飛ばされましたというように握っていた竹竿を真上に放り投げた。
竿は転倒防止の二本のワイヤーロープの間をすり抜け天井付近で反転、切っ先を下に向けてゲインの左肩外装のやや後ろへと落下し始める。
アイガは体を捻りゲインの頭と背面外装との隙間から落下する竹竿を視認して、あらかじめ動かしていた左腕の位置を微調整し、ここだというタイミングで操縦桿先端のボタンを押し込んだ。
アームリフトでこの手の操作は何度もこなしている。実際の業務ではなく腕前をみせる遊びとしてでだが。
落下物を受け止めると操作レバーに微かに下に引かれるような感覚が伝わってくる。その感覚がゲインの左腕に繋がる操縦桿からも伝わってきた。
弾き飛ばされた『聖剣』を狙い通りに受け止めた。そう確信したアイガは牛田の指示通り、掴み取った剣を目の前に立つ邪神竜目掛けて勢い良く振り抜いた。
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