第25話
「うっはは! こりゃ良いわ!」
「さすが慣れたモンですねぇ」
アイガの操るゲインが見せた予定通りの、そしてイメージ以上の動きに撮影した映像をチェックしていた映研部員の二人が大盛り上がりをみせた。各シーンを撮影するたびに彼らが口した称賛の言葉はこれで二桁となった。
対照的に『かきくけか』会員たちの反応は静かなものであった。
根底にある『驚愕』の感情こそ共通しているものの、ロボットに関する知識を有している分、いまの動きがいかにとんでもないことなのかを映研部員よりも理解しているからこその反応である。
「あの位置って見えないはずだよな……」
「普通に竹竿の方へ腕を動かしてたぞ?」
「見えていたって俺にゃあんなの無理だよ」
と、会員たちがざわつきだしたのは数十秒が経過してからだった。
東も例外ではなく唖然とした顔でリィに話しかけた。
「いやぁ、リィちゃんの言った通りホントにアッサリ成功させたっすけど……。ホント見えてるとしか思えないっすね。実はこっそりカメラ取り付けてたり?」
「見えるっていうか、経験さえ積めば感覚で分かるようになるらしいよ」
「経験に感覚か……。凄いを通り越して薄ら寒いモンを感じるな」
リィと東のやりとりを聞いて風根がポツリと漏らす。
「でも由良っちは味方っすよ、かざやん先輩。脚力強化したゲインとこの由良っちの組み合わせ――どうなるのか想像つかないのにワクワクしてくるっすよ!」
「リィもさっぱりだよ。でも大活躍することだけはハッキリしてる」
リィと東が頬を紅潮させながら、ロボカップでのゲインの躍動を夢想し、胸を躍らせる。
この高校部女子二人の言葉に周りの会員たちが再びざわつき始めた。
「そういえば会長がそんなことを言ってたな……」
「これだけの腕前なら俺だって期待しちゃうよ」
「確かにその価値はありそうだが、タツ先輩から具体的なことを聞いてる奴はいるか? かざやん先輩はどうです?」
「いや、俺もまだサワリ程度しか聞いてない」
問い掛けに答えながら風根は会員たちの変化に気が付いた。
呆気に取られていた先ほどまでの表情から一変、会員全員がポジティブな笑みをみせ始めている。
(おいおい、何かスイッチが入れちまったぞ――)
風根は思わず喉を鳴らした。
脚の改造に賛成か否か?
いま集計を取ったなら賛成多数で脚の改造が可決されるだろう。いや、全会一致で賛成となるだろうか。
撮影はまだ終わっていないが、この時点で試験の合格は決まったようなものだ。
合格だけでなく会員たちの心もガッシリと掴みその気にさせてしまった。
この短時間でとんでもないことをやってのけたモンだ――。風音が称賛の目をゲインの腕部操縦席へと向けると、ゲインの頭部を固定している金属金具の間からアイガの被る黒いヘルメットの上半分だけが見えた。
『かきくけか』会員たちが思い思いに盛り上がる中で唯一アイガの操縦を見ていない者がいた。
脚部操縦席に座る華梨である。
脚部操縦者がつける頭部装着型ディスプレイでゲインの上半身の動きを見ることはできないからだ。
しかし、直に見なくとも倉庫内にいる他の会員たちの反応がアイガの見せつけた技量の高さを雄弁に物語っていた。
妹のリィが映画上映会の審査員も度肝を抜かれるとか何とか映研部員たちに言っていたが、彼の技術は審査員よりも先に『かきくけか』会員たちの度肝を抜いてみせたようだ。
華梨は目元に巻き付けたディスプレイの端にはゲインの演技を見物していた会員たちの集団が映っており、その中ではしゃぐ妹の姿も見えた。
機体から離れているので彼女の声は拾えなかったが、何を話しているのかはその表情で察しがついた。
やれやれ、由良君の凄さを吹聴するのも結構だけどさ――アンタだって愛想をつかされないように、より一層頑張らないと駄目だって分かっているのかね?
華梨は暗い操縦席の中で困り顔を作り妹へと語り掛けた。
心の中で妹に語り掛け華梨は今回の試験の仕掛人ともいえる各務の姿が見当たらないことに気づいた。
先に帰るわけも無い。
少し探すとゲインの正面に見えるキャットウォークの上、カメラを回す映研部員と巽の隣に彼女がいるのを見つけた。
◆ ◆ ◆
「試験は合格ってことかな?」
キャットウォークまでやって来た各務に気づき巽が先に話しかけた。
わざわざキャットウォークを上がって来た彼女が何を伝えに来たのかは馬鹿でも分かる。
巽の表情を見て、各務は拍子抜けしたように切り出した。
「もう少し勝ち誇った顔をされるかと思っていました」
「いや、凄いのは由良君であって、僕が勝ち誇ることじゃないからね。こっちも驚きっぱなしだよ」
「先ほどのゲインの操縦がどれだけ凄いのかは私にも分かります。恥ずかしながらゲインが竹竿を受け止めた時、私も手を握りしめてしまいました」
「牛田君には不可能だって言ったんだけどね。それをああもアッサリやってのけるなんて、立場が無いというか……本当、恐れ入るよ」
二人は手すりに寄りかかるようにしてゲインへ目を向けた。全身を黒い外装で固めたゲインは次の撮影の動作を始めており、その巨体の向こう側に興奮冷めやらぬ『かきくけか』の会員たちの姿も見えた。
「皆の反応も見る限り、ゲインの脚力強化に異を唱える者もいないでしょう。私も協力は惜しみません。会長が白だと言うなら、皆の意見を白になるよう調整してみせましょう」
「いや、そこまでやらなくても」
「そうですか。では――」
「分かっているよ。改造のプランニングと予算の見積もりだね。――うん、いま会室のPCに送信した」
巽が手にしていたタブレットPCを素早く操作してその画面を各務の方へ向ける。
ゲインをモニタリングしている複数のウィンドウの上に文書作成アプリのファイルが開いていた。ファイル名は『ゲイン バージョン9』だ。
「では早速拝見させていただきましょう。計画に問題が無いと判断すれば、関係各所への調整を行います」
「もう? ゲインの演技は見なくても良いのかい?」
「必要ありませんよ。もう十分に堪能させていただきましたから。残るシーンもわずか、十分とかからずに終わるでしょう。ここで由良君がしくじるとも思えませんしね」
そう言いながら各務はゲインの方へ微笑を向けると踵を返して会室へ歩いて行った。
微笑を見せたのはほんの一瞬だけ。おそらくはゲインの操縦席に座るアイガへ送った笑みであろう。
彼女の言葉通り、予定していた撮影が終了し「お疲れ様でした」という牛田の声が倉庫内に響き渡ったのはわずか六分後のことだった。
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