第22話

「アクションパートワン!」


 横縞のポロシャツにジーパン姿の丸く太った男はそう叫ぶと一歩前に踏み出しながら、特撮番組で見るような玩具の剣で空中に十文描き、歌舞伎の見栄のように両手を広げて制止させた。


 少し間を置き「パートツー!」と叫び、太った男は再び玩具の剣を振り回し始め、それが終わると「パートスリー!」「パートフォー!」――と、太った男がキビキビと動く映像はパートサーティーンまで続いた。

 時間にして十分三十秒。だが太った男が機敏に動くさまは面白く見ていて退屈はしない動画だった。


 動画が終わりアイガがタブレットから視線を上げると、その目の前に動画内で玩具の剣を振り回していた男がいた。

 眼鏡をかけていること以外は動画とまったく同じ恰好をしているこの男は映画研究部員にしてこの映画の監督を務める牛田であった。


 アイガは今回撮影協力する映画について、あらすじを含めて何も聞かされてはいない。魔王アスタルフォンという名称からファンタジー映画なのだろうとは思っているが――ここまで機敏に動けるのなら監督自身が主演してアクション物でも撮った方が受けるんじゃなかろうか? アイガは牛田の体型を見てそんなことを考えた。


 映画の撮影をするというので大勢のスタッフを引き連れてやって来るのかと思えば、倉庫にやって来たのは監督である牛田と、いかにも映画撮影用といった大きなカメラとバッグを担いだカメラマンの二人だけ。


 巽からゲインの操縦を担当者として牛田に紹介されて互いに挨拶を交わした後、牛田は自前のタブレットで先ほどの動画を見せ、本当に可能なのかを確認してきた。


 この動画はアイガも昨日の内に視聴済みだ。そして、この牛田の実演する機敏なアクションをゲインで九割再現できることも頭の中で確認済みである。

 そのことを伝えると牛田は小躍りするようにして喜んだ。


「でも十個目のアクションとかは、少し変更を加えないと無理なものはありますけどね」

「いやぁ少しくらいなら全然平気。前にこれを見せた時に巽君から再現は難しいと言われてね、全面的にアクションを変更しなきゃダメかな~とか考えていたくらいだから。頼りにさせてもらうよ、由良君。――そして、もちろん君たちも」


 牛田は暑苦しい笑顔で、アイガの隣に立っていたリィと東にも頭を下げた。


「任せてください。一発で決めてみせますよ」


 リィはボール紙を巻き付けた自身の胸をポンと叩いてみせた。隣の東も同じく胸や腕、脚にボール紙を巻き付けた格好をしている。

 彼女たち二人は最初に撮影するアクションシーンで歩くゲイン――もとい魔王アスタルフォンの足元を走り抜けるモブ騎士AとBの役をやることになっている。ジャージの上から小学生が学芸会で着るようなボール紙の鎧を纏っているのはその為だ。

 撮影協力の話が来た時にリィ自ら立候補した役どころである。友人の東もそれに付き合っているわけだが、こちらは衣装の安っぽさに不安を隠せない様子だった。


「あのぉ、映るのは一瞬なんでしょうけど、本当にこんなチャチな衣装で大丈夫なんすか?」

「大丈夫だよ。CGでパッパッと修正できるツールは山のようにあるからね。完成した映像ではそのボール紙が重厚な鎧になっているよ」

「それ魔王には使えなかったんすか?」

「もちろんCGですべて撮影することは簡単だよ。でもそれじゃ何というのか、動きが軽いというか、嘘っぽくてね。試しに作ってみた映像モノ見てみる? このロボットを間近で見ている君たちからしたら失笑物だと思うよ。だから思い切って協力を頼んでみたんだ。巨人を撮るなら実物を撮影した方が体の重みを感じさせることができるだろうってね。ホント巽君たちには感謝――僕の勝手なコダワリに付き合ってくれて」

「いやカントク、その判断は大正解ですよ。アイガ君なら希望通りのアクションをこなして、審査員の度肝だって引っこ抜いてくれますよ!」


 牛田のこだわりにリィがエールを送り、ゲインに向かって拳を握りしめた。


 倉庫の海側の壁の中央には映像合成のための背景として、天井付近からゲインを梱包できそうなほどの大きなグリーンの布が吊り下げられており、その前にゲインが立っている。

 本日の主役であるゲインは右手に合成処理で光の剣となる竹竿を握りしめて、全身にツヤ消し塗装を施された漆黒の外装を装着されている状態だ。

 この黒い外装は去年までゲインが使用していた古くなり傷んだ外装である。それを黒くペイントして鎧らしく見えるようボール紙で飾り付けをしている。

 もちろん頭部も取り付けてあり、携帯端末で遠隔操作できるよう改造された黒塗りのヘルメットには象の頭骨をモチーフにしたというダンボール製のフェイスマスクが被せられている。

 お色直しの完成度は中々に高く、全身からいかにも魔王といった貫禄が滲みだしているかのようだった。

 後で撮影した映像に修正を加えるので映画ではより禍々しい姿となることだろう。


 そのゲインの腕部操縦席から眼鏡をかけたポロシャツ姿の男が足場に降り立ち、その場にいた風根や華梨にペコペコと頭を下げると彼らの目を避けるように急ぎ足で足場を降りて牛田の元へとやって来た。

 牛田に同行してきたカメラマンの馬場である。

 彼は興味本位で巽にゲインの試乗を頼み、牛田がアイガたちと話している間、両腕をガシャガシャと動かしていた。


「いやぁ、ウッシーさん、めっちゃ難しいですよアレの操縦」

「資格がいるって話だし、そりゃそうだろう。だから餅屋にお願いしているんだ」


 興奮気味のカメラマンをてきとうにあしらい牛田は『かきくけか』の会員たちにお願いしますと改めて一礼し、撮影を開始した。


 この撮影中、ゲインの腕を動かすのはアイガ、脚の操縦はリィの姉の華梨が担当することになっている。

 アイガが入会する前、脚を操縦していたのは彼女であり、今回行うことは牛田の合図に合図に従って二、三歩前後に歩くだけなので、脚部の操作について『かきくけか』の会員たちは誰も心配はしていなかった。

 ゲインを見上げる彼らの興味はただ一点。

 アイガが本当に牛田の出した注文通りのアクションをこなしてみせるのか否かである。


 牛田の用意した件の動画は会員全員が視聴済みだ。その全てが剣を振り回すだけのアクションだが、いくつか腕の動きが追い付かぬため不可能だというものがあり、このため巽も無理だと牛田に一度伝えている。

 しかしアイガはこの曰く付きの要求に対して、全て再現可能だと言ってのけた。

 ハッタリか? ゲインの性能を買い被り過ぎている?

 各人、各様の感情をのせた視線が腕部操縦席に注がれる。

 その操縦席に座るアイガからはシート周辺の出っ張りにより彼らの姿は見えなかった。

 もっとも見えていたところでこの少年は緊張するようなタマでは無かったが。


 そのアイガは黒一色のフルフェイスヘルメットにスカーフ、ポンチョを着てシートに座っていた。

 腕部操縦席に座るアイガの顔はゲインのフェイスマスクの下、喉の部分から覗いている恰好だ。これが黒ずくめのゲインの中に混じると非常に目立ってしまう。

 なので顔を隠しスカーフで首も隠し、念を入れてポンチョを纏う。この三点セットは後々行う映像修正作業の手間を軽減するために牛田が用意してきた物だ。

 初めてかぶるフルフェイスヘルメットに窮屈さを感じながら、アイガはヘルメットに内蔵されたインカムの調子を確認するため周囲に呼び掛けた。


「え~っと、只今内蔵インカムのテスト中――っと。先輩方、コレちゃんと聞こえていますか」


 これに巽や風根、脚部操縦席の華梨が応答し、最後に牛田が申し訳なさそうに声をかけて来た。


『いくつも我儘を聞いてもらってすまないね。ヘルメットで視界が遮られたりとかは大丈夫かな?』

「少し窮屈ですが、操縦には支障はありませんよ。どのみちゲインの腕なんてここからは見えませんからね」


 アイガの声に牛田の隣で作業をしていたカメラマンの馬場が何度も頷いた。


「そうなんすよ、ウッシーさん。さっき乗って驚いたんですけど、天辺にある操縦席からロボの腕が全く見えないんですよ。操作も妙に難しくて、ギッタンバッタンとスムーズに動かせないし――本当に大丈夫なんですかね?」

「僕も前に試乗したことあるから知っているよ。つか馬場ちゃん、今更それ言う? ド素人の僕らと違って向こうは大会に出たりしている選手なんだし心配無用でしょ。上映会の審査員の度肝も引っこ抜いてくれるそうだしさ。それよりキャメラの準備はできてんの?」

「いま終わりましたよ――っと」


 馬場はモニターのついたプロポのハンドルを操作して、ドローンキットを取り付けた撮影用カメラを牛田の前に静止させた。


 撮影開始の号令が無線を通じて倉庫内の全員に伝わった。

 腕と脚、二人の操縦者は操縦席に取り付けたタブレットで自分の行う操作を確認する。

 まず最初のシーン。腕担当のアイガはゲインが三歩進んだタイミングで竹竿を握りしめた右手を『⊿』を書くように素早く振りぬき決めポーズを取る。

 脚担当の華梨は牛田の合図でゲインを三歩進ませ停止させる。

 エキストラを務めるリィと東は飛んだりその場で足踏みしたりとウォーミングアップを開始する。

 歩くゲインの真ん前を駆け抜けることになるわけだが、ゲインには転倒防止用のワイヤーが取り付けたままなので事故の心配は無い。

 そして他の会員――巽や風根、各務会員たちは何かしらの問題が発生しない限りやることは特に無く、ゲインの撮影の進捗を見守るだけだ。


「アクティブ」という牛田の掛け声でゲインが起動。

 モーター音を鳴らしながら一歩踏み出し、その前をリィと東が約一メートルの間隔を開けて駆け抜けていく。

 そのまま勢いよく倉庫の外へと飛び出す二人を無視して、カメラは羽虫のような音を立てながら上昇、黒い魔王の上半身をフレームに捕捉する。


 牛田からの合図でアイガは待ってましたと操縦桿を握る腕に力を込めた。

 どう操縦桿を動かすのかは頭の中ですでに出来上がっている。あとはそれを正確に実行するだけ。造作も無いことだ。


 左腕にも表情をつけつつ、竹竿を握りしめた魔王の右腕を下から上へ、上から斜め左に振り降ろし、右へと横一文字に薙ぎ払う。

 機械仕掛けの腕がしなやかに動き、ヒゥン、ヒュン、フォンと手にした竹竿が腕の動きに合わせて三度空気を引き裂いた。


「よし、オッケイ!」


 魔王アスタルフォンがモニター中央でポーズを決めて静止すると映研部員の二人が喝采を送った。


「いやぁ、餅は餅屋ってこういうことを言うんですね」

「ホント凄いよ。巽君、これなら撮影も――ん?」


 牛田が隣の巽に話しかけたが、巽はゲインに目を向けたまま硬直しており、彼の声は耳に入っていないようだった。

 呆然としているのは彼だけではなく、風根や各務といった他の会員たちも同様に、ある者は息をのみ、ある者は目を見開き、言葉を発することもなくゲインを見上げている。


「ン? どうしたのかな?」


 倉庫の外まで走っていたリィが息を切らせた東と一緒に倉庫内に戻ってくると、撮影開始を前にしてザワついていた中の雰囲気が一変して静まり返っていた。

 会員皆がゲインに目を向けて呆然としている。

 その奇妙な光景にリィと東は頭の上に疑問符を浮かべながら互いの顔を見合わせた。

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