第五章 魔王アスタルフォン

第21話

 茅盛での会合を終えた翌日の昼休み。

 ピークを過ぎ空席の目立ち始めた学生食堂の片隅に巽の姿があった。

 彼の貸し切りとなった四人がけのテーブルの上にあるのは、半分食された天津飯と中華スープのセット、そしてノートが一冊。巽はそのノートにペンを走らせていた。

 巽が熱心に走り書きしているのはゲインの強化プラン。

 少しメモを取るだけのつもりが興が乗り、断片だったアイディアと湧き上がるアイディアをつなぎ合わせて一気に形にしてしまった。


 数ページにわたるスケッチやメモ書きを満足気に眺めながら、巽は思い出したように食べかけの天津飯をレンゲですくい口に運んだ。

 一仕事終えた後だからか、冷めた天津飯とスープはそれでも旨かった。


「随分楽しそうですね。巽会長」


 聞き覚えのある声に顔を上げると華梨と各務がトレイを手にして立っていた。

 各務がトレイをテーブルの上に置き、「二、三、報告することがあります」そう言って巽の向いに腰を降ろした。


 相席よろしいでしょうか? などとは聞いて来ない。反論を許さぬ事務的な顔つきだ。彼女がかけている眼鏡がギラリと光ったように見えた。


(あれ、ご機嫌斜めかな?)


 何となく苛立っているような彼女の雰囲気に気圧され、巽は十二分にあるテーブルの空きスペースを更に広げるべく、そそくさとノートを鞄にしまい込んだ。

 その様子を前にして、華梨が申し訳なさそうに笑いながら各務の横に座る。


 華梨のトレイには炊き込みご飯のおにぎり二つと天ぷらうどん。

 各務の方は本日のランチメニューであるトンカツ定食の大盛りにカフェで買った生クリーム苺クレープを載っけている。

 各務は封筒を二通取り出してそのランチの前に並べた。


「先ほど緩衝材の材料が届きました。こちらがその納品書です。もう一通はロボカップ運営局から――今年の競技種目とトーナメントの組み合わせが決定しました」


 ロボカップのロゴが印刷された封筒の中には、折りたたんだ案内文と一枚のデータカード。

 白地にロボカップのロゴが入った名刺大の薄いカードには今年大会で行う三種類のゲームの解説書が入力されている。

 巽は鞄からタブレットPCを取り出してカードをかざし、競技種目の解説書を画面に表示させた。一ページ目は目次となっている。


「三戦目が去年と同じボクシング。あとの二つが入れ替えか……」

「一戦目の『陣取りゲーム』はともかく二戦目の『射撃』は何かしらの対策をゲインに施さないといけないでしょうね。改造プランができてご満悦なところ申し訳ありませんが、巽会長にはまずこちらを優先していただかないと」

「え? ああ……あ!」


 巽は二人が自分のテーブルにやって来た理由に気が付いた。


「二人は反対だったり……する?」

「華梨さんは根っこの部分で賛成していますよ。反対しているのは私です。理由は時期が最悪だからです」

「最悪? でも由良君を選手にすることには……」

「彼をゲインのパイロットにすることは反対していませんよ。私が操縦したところでアクセルの影すら踏ませては貰えないでしょうから。しかし、技量のある新人を選手にすることと、彼のためにゲインを改造することは話が違います。巽会長はゲインに手を加える口実ができて楽しいでしょうが、脚力を上げるとなれば生半可な改造で済まないことは私にも分かります。ロボカップまでもうひと月を切ったこの時期に、大会運営の機体審査などを考慮すれば作業に取れる時間は二十日あるかどうかのこの時期に大改造を行うことの無謀さ、愚かさ。巽会長ならお分かりいただけると思いますが?」


 各務はここで一息つくようにトンカツを一切れ口とご飯、そして味噌汁を口に運んだ。


「そ、そうだね……」


 巽はまったく言い返せなかった。


「う~ん、でも美亜さ、射撃対策が必要だって言ったじゃない? それと同じで脚力強化は他の二ゲームの為の対策だって考えられないかな?」


 おにぎりを食べながら華梨が巽への助け舟を放つ。


「後付けの理由としては完璧でしょうね。しかし会員は皆この脚力強化が由良君のための物だと知っていますよ。取り繕ったところで意味はありません。これを強行し大会に間に合わなくなっては本末転倒。同好会が瓦解しかねない事態に陥るかもしれません。お忘れですか? 私が教授に頼まれてここにいるのはそういった事態を未然に防ぐためですよ」

「そういやそうだったわね。会計役で馴染みきってて忘れてた」

「もちろんその立場からも反対させてもらいますよ。巽会長も知っての通り今年の予算の半分はは積み立てていた分と一緒にゲインの新しい外装に使用しました。残りの大半も巽会長考案の緩衝材に成りかわっています。つまり金も時間もない状況。――まあ、巽会長は予算をかけずに強化する案を考えたのでしょうが、ここで更に人を使うという問題が生じてきます。私のような不満を持たずに皆がついてきてくれると断言できますか?」


 巽は今度も言い返せなかった。言い返せなかったが、各務のきつい物言いの真意には気が付いた。


「つまり、皆が納得する理由が必要だと?」

「流石です」


 各務は巽の答えに満足気に頷きランチメニューを口に運ぶ。彼女からバトンを手渡されたかのように今度は華梨が話始めた。


「考えてみればさ、リィが凄い凄いと言っているだけで、由良君のスーパーな技術ってリィ以外、私を含めて『かきくけか』の誰もまだ見ていないんだよね」

「昨日、茅盛でアクセルに乗り込むような騒動を由良君が起こしたのかと思えばそういう出来事も無かったようで。つまり巽会長も風根先輩も彼の技術は見ていないわけですよね?」

「確かに……」


 巽も思わず首を縦に動かした。

 確かにゲインに乗り込んだ際のアイガの立ち振る舞いには貫禄が備わっており、ベテランだという風格は感じるものの――この感じた風格が錯覚だと微塵も疑ってはいないが――彼の持つその凄い操縦技術を目の当たりにしたことはまだ一度も無い。

 つまり各務は、この誰も見たことのないアイガの技量に脚部改造を行う価値が有ると全員が納得すればOKだと言っているのだ。


「いや、でもどうやって……?」


 巽の中で純粋にアイガの持つ『凄い技術』を見てみたいという欲求が湧き上がってきた。しかし何をどう行えば凄いのか? 操縦に関して素人同然の巽には、まずそれが分からなかった。


「『かきくけか』の今日の予定は何です? うってつけのイベントが明日あるじゃないですか」

「ああ、撮影協力か!」


 巽はタブレットに保存していた映画研究部からの資料を引っ張り出した。

 そこに岩場に立つ、黒い鎧に身を包んだ禍々しい巨人のイラストとその巨人が行うソードアクションの動画が添えられている。


「魔王アスタルフォンでしたか。ゲイン扮するそれを由良君に演じて貰う。それが最も分かりやすい方法だと思います。彼が希望通りのアクションをこなして見せれば先方も喜ぶでしょうし」

「上手く旨くいけば一石二鳥ってわけだ」


 華梨が海老天を箸で持ち上げながらニコリと笑う。

 巽は目を瞬いた。問題提起に来た二人の口振りを聞いていると、アイガなら上手くやってみせると確信しているように感じられた。


「とりあえず由良君連絡してみるよ。まだ高等部も昼休みだよな」


 撮影協力の話をソードアクションの動画を添えてアイガの携帯端末に送信する。

 動画を確認していたのだろう、返信が来るまで少しして時間があった。


「OKしてくれましたか?」と聞いてくる前の二人に携帯端末を渡し、巽は笑顔で残りの天津飯を一気にかっ込んだ。

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