第7話
アイガと巽が足場を上り始めると他の会員達も動き始めた。
二人の補助をするべく足場を上がっていく者や、その足場を動かすため壁際の太いケーブルでつながれた操作盤へ向かう者。
風根は足場の根元に引っ掛けられていた黒いケーブルを持っていたタブレットに接続する。ケーブルの長さは二十メートル近くありその先はゲインの胴体に接続されていた。
風根がタブレットを操作するとゲインのボディから空調のような微かな振動音が鳴り始めた。
「風根がコックピットブロックの電源を入れたんだ」
足場を上りながら巽がアイガに説明する。
「コックピットブロック?」
「このゲインのボディ全体のこと。操縦者の安全を考慮して様々な仕掛けが盛り込まれているんだ。ゲインの中で最も頑丈な部分だね」
話しながら足場の上にやって来る。
そこから見下ろすゲインは下から見上げた物と同じロボットとは思えないほど印象が違って見えた。
まず目につくのは天井のクレーンから機体の両肩付け根に取り付けられた二本の転倒防止用ワイヤーだろう。
ピンと垂直に伸びる太いワイヤーはゲインが天井から吊るされているように錯覚させる。
その二本のワイヤーの間に腕部操縦席があった。
屋根は無くオープンカーのように外から丸見えの構造だ。
幅一メートルほどの栗型のスペースに皮張りのシートが納められ、その両サイドに操縦レバーがある。
「へぇ~。思っていた以上に狭いですね。現場のドラム缶……よりは大きいかな」
足場の頂上部分はL字型になっておりゲインの背後へ行けるようになっている。アイガはその先端でしゃがみこみ操縦席をのぞきこんだ。
「基本的な操縦方法はアームリフトと同じだと聞きましたけど?」
「アームリフトは複数のトップ企業が正式に採用している腕の操縦規格だからね。マン・マシン・インターフェースのお手本だよ。で、そこに少々アレンジを加えているわけさ。他校のロボットも同じ操縦方法を採用している」
巽は手にしていた中型タブレットに操縦マニュアルを表示し、アイガに手渡した。
アイガは画面を切り替えながらそれに目を通していく。
「関節の稼動域は十分か。ヒジが逆方向にも曲がるようになっていて、手首も回転させることが可能と……。アームリフトと同じですね。この上半身が半回転するというのは?」
「このコックピットブロックを軸にして胸部から上が回転するようになっている。下半身が前を向いたまま、胸から上だけを真後ろに向けることができるんだ。中々に奇妙な光景だよ。アームリフトにも同じ機能があったんじゃないかな?」
「ああ、中型機以上についてるあれですか」
「ウチには重機が無いから、ここで大きな物を運ぶ時にはゲインを使ったりもするんだ。で、そのコックピットブロックというのが――」
巽がアイガの脇からタブレットを操作しゲインの全身図を表示させた。
円柱型をしたコクピットブロックに両手両脚が取り付けられているのが一目で判る図だ。
「この人が乗り込むコックピットブロックだけ、安全面を考えて大手企業からのレンタル品になっている。ダンプが落下してきてもひしゃげないし、機体が転倒した際にもエアバッグが四方から出てくる仕組みになっている」
「ロボ製作はメーカーが後押ししているってことですか?」
腕部操縦席をよく見ると正面のエアバックが飛び出す部分に[SAWADA]のエンブレムが小さく刻まれている。
車やバイクで名を馳せている一流企業だ。
「投資の一環ってことらしいね。見返りとしてこちらからはロボットの各種データを送ったりしてはいるけど、どの程度の役に立っているのかは一切不明。まあ、十年以上支援を続けてくれているってことはそれなりに役立っているのかな。ちなみにいま使っているコックピットブロックは今年で三年目」
企業から送られてくるコックピットブロック。
その座席とシートベルトだけが備え付けられた空間に自分達の組み上げた操縦桿などを取り付けていくわけだが、この取り付け位置などもエアバッグの邪魔にならぬよう仕様書内で細かく指定されている。
巽の説明を聞きながらアイガはもう一度タブレットの全身図へ目を向けた。全身図を回転させて何度見返してもあるべきはずの物が見当たらなかった。
「巽先輩、アレはどこにあるんですか?」
「ああ、頭のことだね。頭部を装着するの試合前日になるかな――」
「違います。こいつの動力源です。全身図にらしい物が見当たらないってことはエンジンは関節部に?」
「うん。各関節部にモーターを載せている」
「燃料は軽油ですか? それともハイブリッド?」
「モバイル用の特盛りバッテリーが十一本。それで約五十分稼動できる」
「五十分……長いのか短いのかよく分かりませんね」
「ロボカップは一試合十分かかるかどうかだから充分長いよ。まあ試合当日は予備も含めて三十本くらいは持っていくけどね。それで、どうする由良君。動かしてみるのは腕の方で良いかい?」
巽は足場の手すりに吊るされていた通信のためのヘッドセット――ヘッドフォンに細いマイクが付いているタイプでかなり使い込まれている――を二つ手に取り一方をアイガに手渡した。
「いえ、さっきも言いましたけどこいつに興味はありますから。腕と脚、両方動かしてみていいですか?」
「もちろんだよ」
自分たちの作ったロボットに興味を持ってくれたことが純粋に嬉しくて巽は顔をほころばせた。
ほころばせながらふと気付いた。
(そういえば、ゲインの燃料についてまで質問されたのは初めてだな……)
巽が『かきくけか』に入会してから見学者は何十人とやって来たが、ここまで踏み込んだ質問をされたのは記憶を探る限り初めてのことであった。
腕部操縦席に潜りこもうとしている少年に対しての巽の印象が少し変わった。
彼を連れてきたリィが「凄い、凄い」と大騒ぎしていたが、本当のことなのかもしれない。
何がどうとハッキリとは分からないが、あの少年が何かしらの経験値を大量に有しているのは間違いなさそうだ。
(リィちゃんの言う通り何かが起こるかもしれない……)
巽の胸中にそんな予感めいた物が芽吹き始めた。
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