第二章 KA-32号機 ゲイン
第6話
巨大ロボット。
KA-32号機 バージョン8.4 『ゲイン』
六メートルある金属の巨人は、その背丈よりも高いジャングルジムのような足場に挟まれて立っていた。
この巨大ロボットが外装の取り付けられていない『骨組み』の状態なのは部外者であるアイガにも明らかだった。
「これはまだ未完成なのか……?」
ロボットのボディは三メートルほどある上下がすぼまった白いドラム缶のようで、そこに手足が取り付けられている。
ぶっちゃけ昭和のブリキの玩具のような外見だ。
胴体に比べて細い印象を受ける両腕両脚は、ともに太さ三十センチほどのH型の金属資材を骨格にして作成されている。
このメインの骨格は全て油圧サスペンションのような円柱パーツとワンセットになっており、赤や青、黒、橙と色違いのケーブルが白い塩化ビニールのテープでまとめられて血管のように骨格全体に絡み付いている。
アイガの頭を鷲掴みにできそうなくらい大きな手の指は五本、物を掴みやすくするためクリーム色のゴム手袋を被せられており、同じく大きな足は爪先が稼働するようにできており、底の部分にはクッションとして黒いゴムサンダル装着されている。
そして何より、この巨人には頭がついていなかった。
胸部から上にあるのは倉庫の天井のみで、そこにあるべきはずの頭が見当たらない。 倉庫内を見渡したもロボットの頭らしき物は見当たらなかった。
そんな外見でも言いようのない威圧感を漂わせているのは六メートルという巨大な体躯の成せる業であろうか。
「どう、アイガ君? カッコイイでしょ? 乗ってみたくなったでしょ?」
「未完成じゃないのか? 頭がどこにも見当たらないが」
「頭はいま製作中。――いや、検討前になるのかな。外装もね」
アイガの問いかけに頭上から答えが帰って来た。
声の方を見れば、ロボットの横に設置された足場の狭い階段をグレーのつなぎを着た青年が降りてくるところだった。
「よく来てくれたね。僕は会長の
アイガの元にやって来ると青年は大きな手を差し出してきた。その手を握り返しアイガも名乗りを返す。
何か……イケメンの人気俳優で似た人がいたなぁ。
これが巽に対するアイガの第一印象だった。
優しげな声に相応しい温和な顔立ちの青年だ。 握手した手の平の固さと広い肩幅でつなぎの上からでも体格の良さがよく分かる。
「タツ先輩、違いますよ。アイガ君は入会希望者です。中型機も乗りこなせる凄腕なんですから。即戦力間違い無しです」
「へぇ、そりゃあ凄い」
「いや、まだ入ると言ったわけじゃ……」
「え~そんなの駄目だよ。ロボカップまでもう三十日切ってるんだから」
「ロボカップ? それが大会の名前か」
ここへ入ってきた時にはロボットに気を取られて気付かなかったが、倉庫入り口のすぐ脇にホワイトボードが立てかけられており、そこにコミカルな書体で『目指せロボカップ5位入賞!』と書いてあった。
「聞いたことは無いかな? 年に一度、各大学の作ったロボットが集まり競技を行う大会でね。一応、毎回ネット配信されているし、サイエンス誌でも特集を組んでくれたりしているんだけど」
「う~ん、目にしたことくらいはあるかも知れませんけど、覚えてはいないですね……。目標の五位入賞、優勝じゃなくて五位っていうのは、そんなにレベルが高いんですか?」
「過去に一度四位になったことがあるけど、恥ずかしながらここ五年間は初戦で負けて順位決定戦で七位か八位ばかりなんだ。そろそろ結果を出したいと思ってはいるのだけどね」
巽が情けなさそうに笑う。
「だからアイガ君が入ってくれなきゃ困るんだよなんだよ。テレビにも出演できるしヒーローインタビューだってあるんだよ」
「別にテレビとか興味ないしなぁ」
「アハハ。でも、テレビ出演に興味は無くともゲインには興味が湧いてきたんじゃないかな? ここに入ってからずっとコイツを眺めていたくらいだしね。せっかく来てくれたんだから動かしてみるといいよ」
巽が親指で背後のゲインを指差した。
「見てたんですか……」
って、そりゃそうだ。アイガは照れくさそうに頭を掻きながらそびえ立つロボット『ゲイン』を見上げた。
「でも、そんな簡単に部外者乗っけてもいいんですか?」
「コイツにそんな大した技術は積み込んじゃいないよ。ハイテクと言うなら由良君が動かしているアームリフトの方がよほどハイテクだ」
「おう、タツ。見学試乗か?」
野太い声がし、会室の前に座っていた大学生三人が一斉に立ち上がった。その中の一人、もっとも身体の大きい学生がタブレットPCを脇に抱えながらアイガの元へとやって来る。
風根先輩だよとリィが教えてくれた。野太い声の主だ。
背丈が百九十センチ近くあり、肩幅も広い。首の太さから察するにかなり体を鍛えているようだ。短く刈った髪と太い眉がそう見せるのか、体育系という言葉が形になったような先輩だった。
「やあ、よく来てくれた」と風根がアイガへ歯を見せて笑う。歯並びは良いが、何とも暑苦しい笑顔だ。
その笑顔に愛想笑いを返しながらアイガは他の会員に目を向けた。他の二人も巽や風根のようにがっしりとした体格をしている。
「なんか……皆ガタイ良いっすね」
「ここの活動は肉体労働がメインだから自然とね。まあ、風根は筋トレが趣味って奴なんだけど」
「そういえば……」
肉体労働という言葉で気がついた。
巨大ロボットを製作しているというのに倉庫内を見渡してみても見慣れたアレが存在しない。
「腕……アームリフトとか、一台も置いてないんですね」
「あれレンタルするのも高いからね。ここにある作業用の機械といえる物は天井のクレーンくらいかな」
「じゃあこの人数でロボットを?」
「正会員は八人、大会では知り合いが何人か助っ人に来てくれる。いまここにいないのは華梨さんだね。リィちゃんのお姉さんだ」
「そうだ、お姉ちゃんはまだ来ていないんですか? せっかくお姉ちゃんのために連れてきたのに」
「華梨さんなら外装のデザイン受け取りにポンチ研に行ってるよ。――で、由良君だったか、どちらを動かしてみる? 腕か、脚か」
リィの問いかけに風根が答え、そのまま手にしたB4サイズのタブレットの画面をアイガに向ける。
そこに表示されていたのはゲインのボディを真横から切り取った断面図のCGだった。ボディの内部が上下に分けられてかおり、それぞれにシートが据え付けられている。
「腕か脚?」
「ああ、
「当然、腕の方だよ。アイガ君はお姉ちゃんと組んで大会に出てもらうんだから」
「えぇっ!?」
はつらつとしたリィの言葉に会室のドアが勢いよく開き、赤色のジャージを着た少女が猛スピードで駆け寄って来た。
「ちょっとソレどういうことっすか? リィちゃんっ!」
と、 何を驚いたのか、少女は怒涛の勢いそのままにリィに詰め寄っていく。
着ているジャージは高等部の物でリィの同級生のようだ。
程度の差こそあれ、他の会員たちも驚きをあらわにしている。
この場にいて状況が飲みこめていないのはアイガただ一人であった。
「あの……何がどうなっているんですか?」
「すまない、由良君は気にしなくていい。あ~~、とりあえずアズミンは落ち着け。リィちゃんも、彼は見学に来ただけでまだ入会するとは言っていないんだから先走っちゃダメ」
風根が呆れた顔でたしなめるとあっさりこの場は収まった。
「う……申し訳無いっす。かざやん先輩。――それとはじめましてリィちゃん新人さん。ども、
そう言って、ジャージ姿の少女はアイガにペコリと頭を下げた。
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