第5話
「大学の時間割って知らないけど
大学校舎周辺の賑わいを珍しそうに眺めながらアイガがつぶやいた。
大学校舎周辺に広がる栗石の舗装路は講義を終えた大学生達で賑わっている。リィと同じ高等部の制服姿もその中に散見することできた。
リィと同じように大学の部活かサークルに参加しているのだろう。高等学部生徒がこちらにやって来るのは珍しいことではないようだ。
「あのコ達はカフェにいくみたいだね」
リィの指差す方を見ると舗装路の一画がオープンカフェとなっている。
配置された丸テーブルは談笑する女生徒たちで一杯だった。
「へぇ、こんな所まであったのか。大流行りじゃないか」
「リィもお姉ちゃんときたことあるけど、ロールケーキがおいしかったよ」
「へぇ」
甘く美味しそうな匂いにつられてアイガもつい店頭に設置されている看板のメニューに目がいってしまう。
「どれも上手そうだな」
「アイガ君も甘いの好きだったりするの?」
「ああ。ワリと好きだぞ」
「じゃあもう駅前のお店はまわってみた?」
と、この質問を皮切りにリィによるアイガへの質問攻めが始まった。
質問の内容はここに来るまでどこにいたのか? 家族はどうしているのか? などアイガ個人についてのこと。
これはアイガが転校のたび何度も質問されてきたことばかりで珍しくも無い物だった。もちろんリィの母親である莉奈からも同じことを聞かれている。
「――ってか、俺のことおばさんから聞いていないのか?」
「聞いてみたよ。そしたら、従業員の個人情報をペラペラ話すわけにはいかない。知りたけりゃ直接本人に聞けって」
「そんな大げさなモンでもないんだが。おばさんも変な所でクソマジメだなぁ」
そんな話をしているうちに大学校舎と研究棟の前を通り過ぎて大きな倉庫が間近に迫ってきた。
屋根までの高さは十六メートルほど、床面積も千三百平方メートルはありそうな、遠目から見た印象よりもずっと大きなものだった。
それが向かい合い四棟ずつ並んでいる。
倉庫の間にはワゴン車や軽トラックが駐車しており、一番手前の倉庫では『白瀬大学』とロゴの入ったグレーのつなぎを来た学生数人がタイヤの外されたバイクを囲んでいた。
倉庫の中にはバイクの銀色のフレームなども並んでおり、整備工場のような光景はアイガの中の好奇心を刺激し子供のようなワクワク感を蘇らせた。
他にも小さなカートや例の芝刈り機クラブの倉庫も見うけられ、大学の敷地の辺境かと思いきや意外に人の姿は多かった。
「何だか楽しそうな所だな」
「へへへ、そうでしょう。さ、こっちこっち。『かきくけか』の倉庫は端っこの海の近くなんだ」
リィがアイガの手を取り奥の倉庫へ向かって駆けだした。
海の近くと言った割に倉庫から波止場までは七十メートルほど離れており、潮の香りも漂っては来ない。
『かきくけか』の倉庫は、他の倉庫と比べて正面の扉の高さが倍以上あった。
その大きな扉は半分が開け放たれており、脇に『関節機構駆動研究会』と書かれた木製の看板が取り付けられている。
「『かきくけか』へようこそ!」
満面の笑顔でアイガを倉庫内へ連れ込むと、リィは歓迎の言葉とともに両手を広げ、誇らしげに胸をはってみせた。
倉庫の内側はその外観通り、一個の広大な空間となっていた。
吹き抜けの高い天井には縦、横と格子状にレールが張り巡らされ、そこに四基のクレーンが設置されている。
内壁の真ん中ほどにはグルリとキャットウォークが走り、そこに取り付けられた照明器具が白い光で内部を隅々まで照らし出していた。
倉庫に入ってすぐ左側にはベージュ色の壁で囲まれた会室があり、そのドアに『かきくけか』と書かれたプレートがぶら下がっていた。おそらく倉庫として使用されていたし時の仮事務所をそのまま使用しているのだろう。
その元事務室の前で大学ロゴの入ったグレーのつなぎを着た大学生が三人、パイプ椅子に腰掛けながらタブレットを覗き込み意見を交わしていた。
「あ、風根先輩おはようございます!」
リィが手を高く上げる。
「やぁ、リィちゃん。見学者かい?」
会室前にいた三人が一斉にリィの後ろのアイガに目を向ける。
アイガは彼らに目を向けなかった。倉庫に脚を踏み入れてから彼の目は倉庫の中央に屹立するそれに釘付けとなっていた。
最初はそれが何なのか分からなかった。全く予想だにしていない巨大な物。いまだ見たことの無い未知なる物だったからだ。
アイガは屹立するそれを理解しようと、その大きな足先から膝、大腿部と視線をゆっくりと視線を移動させいく。
巨人。金属製の巨人だ。
眼前のそれが何かを理解していくと同時にアイガの胸の奥から奇妙な興奮が芽生えていく。
「なるほど、こいつを動かしてみせろってことか……」
恐れとも興奮とも分からぬつぶやきが少年の喉からもれだした。それを見つめる瞳にも未知に対する好奇の光が宿り始める。
縫い付けられたようにそれを見つめるアイガの元にリィが駆け寄って来た。
「エヘヘヘ。凄いでしょ。これが『かきくけか』の技術を結集したロボット、KA-32号機 バージョン8.4『ゲイン』だよ」
「ゲイン……」
アイガは噛みしめるように金属巨人の名をつぶやいた。
そう、アイガの眼の前に立っているのは金属で作られた巨人――
身長六メートルある人型のロボットであった。
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