第四章 茅盛 ロボット研究部
第15話
アイガが『かきくけか』に参加したその翌日。
各々の選択カリキュラムを終えて倉庫にやって来る『かきくけか』会員達の興味はやはり彼、由良アイガのことであった。
そのアイガが昼休みに巽へ提出したロボカップ参加登録の書類を見て、東杏は驚きの声を上げた。
「ブッハッ! 大型ってマジっすかっ!?」
同時に食していたビスケットの欠片を長テーブルの上にまき散らしてしまう。東は大急ぎで飛び散った菓子クズを手でかき集めた。
「あやや、スイマセン」
「落ち着けアズミン、その反応は仕方が無い。俺だって昼にタツからこれ見せられて椅子ごと引っくり返りそうになったからな」
東の向かいに座っていた風根が件の書類をつまみあげて穴を開けるように凝視する。
ロボカップの運営事務局へ提出する機体操縦者の名簿だ。そこに鈴那姉妹と並んで由良アイガの名前が本人の手で記入されており、その横にアームリフト操縦資格証のカラーコピーが貼り付けてある。
小型、中型、大型、全規格のアームリフトを操縦することのできる『大型資格』だ。
風根も東も、他の会員たちも大型資格証を見るのは初めてのことであった。
もちろん巽も例外ではない。
ロボカップに出場ならアームリフトの資格は必要不可欠な物だ。なので大会当日に機体を動かす選手以外にも修得している学生は多い。
巽の知り合いだけでもそんな学生はパッと思いつくだけで二十人近くいる。
だが小型資格、中型資格を持つ者はいても大型資格を有する者は皆無だった。
そこまでの資格を習得する必要が無いというのもあるが、最大の理由は大型アームリフトの資格修得試験を受けるためには現場で中型アームリフトを九十時間以上操縦していなければならない――という規定であろう。
この一介の学生には高すぎるハードルが有るため、各校のロボットを操縦する『腕自慢』達も誰一人として試験会場まで辿り着けない状態となっている。
そのため、経験者皆無のはずの大型資格試験の内容も高さ三十メートルの鉄骨の上を歩いて渡る、バスケットボール四つで五分間お手玉するといった、都市伝説じみた内容がさも事実であるかのように語り継がれている有様だ。
「何にせよ、マジでベテランだったわけだ。で、タツ、その由良っち君はどこに住んでいるんだ? 昨日先に一緒に帰っていたよな? 色々話聞いたんだろ?」
「何言ってるんだ風根、彼も寮住まいだよ。白瀬大西寮。僕らと同じだ」
鞄にファイルを詰め込みながら、巽が風根に呆れ顔を見せた。
「あ、そういやチョイ前に新しい入寮者が来るって報せがあったな。あれか」
「四階、三号室だ」
「実質個室か、うらやましいねぇ」
白瀬大西寮の四階は高等部生徒の為の区画として使用されている。
この四階を含めて寮自体は全て相部屋となっているが、高等部学生の入寮者は少ないため風根の言う通り三号室は実質アイガの個室となっていた。
部屋には二段ベッドと机、クローゼットが設置されており、それ以外の家具も持ち込み可能となっていたが、転校の多いアイガの荷物にかさ張る物は一切無く、彼が部屋に持ち込んだ物というと、教科書にニッカポッカを始めとする数枚の衣服、財布、アーケードゲーム『ファンタジスタ・フォース』のカードデッキのみである。
「それで今朝由良君の部屋の様子を見に行ってきたんだが、洗濯もせずに服を脱ぎ散らかしていたんで注意しておいた」
「まあ、洗濯するには一階まで降りなきゃ駄目だしな。面倒臭いというのは分からんでもない」
「それはそれとしてタツ先輩、肝心なことは聞いてみたんすか?」
「肝心?」
東の指摘に巽と風根は顔を見合わせた。
「大型試験のことなら、高さ三十メートルの鉄骨を渡るとかは全部都市伝説だって言っていたよ。実際の試験はありきたりな内容で大したこと無いって」
「そっちじゃなくて、もっと肝心なことがあるじゃないっすか。由良っちのキャリアについてですよ。大型持ってるなんて、本当に十歳から動かしていたっぽいじゃないですか。皆も興味津々っすよ」
「教えてもらったけど、人の家庭事情をベラベラとは話せないよ」
「別に話してもらっても構いませんよ」
と、このタイミングで華梨に引率されるようにしてアイガとリィも倉庫にやって来た。共に青い高等部のジャージ姿での登場だ。
皆と挨拶を交わすとアイガは東へ向き直り、「最初に断っておくけど、期待に叶うような大したドラマじゃないっすよ」と前置きを入れて話し出した。
これまでも工事現場の作業員や教師、同級生相手に幾度となく語ってきた内容で、話の切り出し方はいつも同じだった。
「親の離婚で、六つくらいのころから親父と二人で放浪生活してたんですよ。親父は鳶職って奴で色んな地方の現場を巡って俺もその都度転校して……行ったこと無いのは沖縄と北海道くらいかな。で、俺が十歳の時に親父が建設現場の六階から落っこちて骨折で入院――」
「え? 由良っち、いまサラッと凄いこと言わなかったすか?」
口を挟んだ東と、初めて話を聞く会員たちの頭上に疑問符が浮かび上がった。
「俺もその場にいなかったんで後で聞いた話なんですけど、咄嗟に足場に吊るしていたシートをつかんで大丈夫だったと。そのせいで肩もやってたっけ」
「ああ、似たようなのを動画で観たことあるな。ロシアの作業員が二十階くらいから落ちて、咄嗟にシートつかんで着地。肩を押さえながら歩いていくヤツ」
「で、入院した親父が考えを改めたんですよ。それまで親父から鳶のこと色々教えてもらっていたんですけど、これからは重機の操縦だと方向転換」
「話が見えてきたっすね。アームリフトの操縦も親父様が?」
「親父が頼み込んで同じ現場の資格持ったおっちゃん達から。作業が終わったあと現場の隅っこで小腕、小型アームリフトに乗り込んでガチャガチャやって。俺が子供だったからか皆親切に操縦の基礎から小技、裏技、色々と教えてくれましたよ」
行く先々で年季の入ったベテランのアームリフト操縦者達からその技術を伝授されること実に五年。アイガは同年代が望んでも決して得ることの叶わぬ技と経験をその身に刻み込んだ。
眼を閉じてなおミリ単位で腕を操作することができて、わずか数度の機体の傾きすらも感じ取る事ができる。
アームリフトの三本脚を巧みに動かし一本の鉄骨の上を時速二十五キロで渡ることもできれば、機体を逆立ちさせて幅七メートルの溝を飛び越えるといった大道芸を行なうことも可能なほどとなった。
この国で何かが建設され続ける限りこの少年が食いっぱぐれることは無いだろうというほどに。
「現場で仕事を始めたのは資格を取った十六からですけどね。いつも現場には俺より上手い人がいましたよ。今だってそうだ」
「親父さんもこっちにいるのか?」
「今度は五階から落っこちて、いまは神戸の病院で入院してます。検査したら痔の手術もすることになったって言ってたから、まだしばらくは向うにいるんじゃないですかね。――とこれで俺の話はおしまい。大した話じゃ無かったでしょう?」
「いやいや、結構、かなり壮絶な人生っすよ。ソレ……」
東や他の会員たちが反応に困るというように顔を強張らせた。その同級生の顔をすでにこの話を聞いていたリィが笑いながら指差した。
「アハハ、杏ちゃんもリィと同じ顔してる。でもアイガ君は楽しかったんだってさ。昨日そう言ってよ」
「まぁな。話を聞いた人は気の毒そうな顔するんだけど、こっちはツライとか寂しいとか思ったこと無いんですよね。アームリフトの練習が終わると地元のスタジアムでサッカー観て、親父が金賭けて取ったらその帰りに焼肉がっついたりして。毎日が楽しかったですよ。勉強しろとかせっつかれたことも無かったし」
「ハァ、ポジティブっすねぇ」
「それが上達の秘訣なんだってさ」
リィは手持ちの携帯端末を操作してその画面を東へ向けた。
「ん~っと、太極拳か何かっすか?」
「アイガ君が考えてくれた練習メニューだよ」
リィの携帯の画面には両腕を曲げたり伸ばしたり回したりするアイガが映っている。
この腕の動きをゲインでやって見せろというお手本を実演しているわけだが、傍目には怪しげな踊りを踊っているようにしか見えない。顔が大真面目なのがまた怪しさを引き立たせている。
じっとアイガの踊りを見ていた東がプッと吹き出した。
「もう、お姉ちゃんといい、杏ちゃんといい、何で笑うかなぁ」
「申し訳ないっす。んでは、今日はこの動きを練習をするということで?」
「この腕の動きを何度も繰り返して、精確に、眼を閉じていても精確に動かせるようになることが目的の基礎練習だよ」
「結局の所、アームリフトの操縦なんて慣れだからな」
操縦経験を積み慣れること、これがアイガの操縦上達の持論である。
「腕の動きをセンチ単位で意識しながら動かすのがコツだ。物との距離を正確に目測して、そこに腕を運べるようになることが何よりも重要。お手玉なんかの曲芸も全てこの応用にすぎない」
「昨日言ってた操縦の精確さだね」
「それが伴ってようやくスタートライン。と言ってもそこまで困難なわけじゃない。繰り返し続けていけば誰でも身につけることができる技術だから。前の会長さんだってあと二年も操縦し続けていれば身についていたはずだ」
「へぇ」
アイガのアドバイスに、リィ以外の会員たちも感嘆の声をもらした。
「というわけで巽会長、今日のリィの活動は腕の練習で。サポートは私が――杏ちゃんもお願いできるかな?」
リィの姉の華梨が手を上げ、手伝いを頼まれた東も「まかせてくださいっす」と胸をトンと叩く。
サポートの際に、リィの操縦のどこに注意すれば良いのかはここに来る前にアイガからアドバイスを貰ってある。
「んじゃ、俺らもユニバへ向かうするか」風根が手を鳴らして立ちあがった。「由良っち君の準備は?」
「荷物はここに置いて行きますよ。どうせ一旦戻ってくるし」
昨日話題に上っていた茅盛ユニバのロボット研究部との会合。それにアイガも同行させてもらうことになっていた。理由は昨年優勝した茅盛のロボット『アクセル』を直に見ておくためだ。
このことは昼休みの時点で巽から会員たちに報されていた。
「配信で映るかもしれないぞ? そこんトコの準備も大丈夫か? まあ、俺らの場合、寝ぐせと鼻毛に気をつけてりゃ大丈夫だが」
「大丈夫だと思いますよ。ここに来る前に徹底的にチェックされましたから」
アイガが疲れた顔でリィと華梨の二人を指差しすと、鈴那姉妹がサムズアップを添えてニンマリと笑った。
「なら大丈夫だな。タツ、お前の準備は?」
「こちらもOKだ」
巽がファイルを詰めた鞄を手に立ち上がる。
三人は大学の駐車場へ向かって歩き出した。茅盛ユニバーサルカレッジへは風根のピックアップトラックで行くことになっている。裏道を飛ばしていくので三十分ほどで到着する予定だ。
そしてきっかり三十分で目的地に到着した。
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