第14話

 西暦1981年――昭和五十六年、兵庫県は神戸港で一つの地方博覧会が開催された。

 世に言う『神戸ポートピア博覧会』である。

 人工島ポートアイランドを舞台とした大盛況のイベントの一角で、一体のとあるロボットが展示された。

 サッカーボールほどの大きさの、ネズミをモチーフにしたマスコットロボットである。

 警察官の制服を着たユーモラスなネズミのロボットが入り組んだ迷路を突き進みゴール地点にある風船をお尻の針で破裂させる。


「――そのロボットに感激した当時の大先輩三人が『ロボット製作同好会』を設立。今は取り壊された木造のサークル棟に会室があったらしい。これがその当時の画像だね」


 巽がタブレットPCに一枚の画像を表示させた。

 当時のカラー写真を取り込んだ物なのだろう、色がくすみ全体の輪郭が滲んでいる古ぼけた画像だ。

 そこで白衣を着た三人の学生が洗面器のような物を抱えて笑っていた。

 晴れた日に屋外で撮影したためか強い日差しで皆目元が濃い影に覆われている。

 そのため三人の顔付きまでは確認できなかった。



「この真ん中の人が抱えている洗面器みたいなのが自主制作ロボット第一号、『KA-一号機』だね。もっとも、この頃は整理番号なんて振っていなかったらしいけど」

「え? これ?」


 画像を見るアイガ、リィ、東の顔がキョトンとなった。


「何だ、最初からあんな大きいのを作っていたのかと……。ってそりゃそうっすよねぇ」

「いつからあんな大きな物を作ろうと思ったんでしょうね?」


 アイガはゲインの方を振り返った。

 会室の窓越しに見えるゲインの周りでは他の会員たちが動き回っている。


「立ち上げの翌年にはいつか巨大な人型ロボットを作ろうが合言葉になっていたそうだよ。何でもこの頃、人型ロボットがブームになったらしくてね。『関節機構駆動研究会』に会称が変更されたのもその時で、その年に作られた内の一体がコレ」


 巽はタブレットの画面をスライドさせて次の画像を表示させた。

 こんどはサイズの大きな白い車の玩具に二本の短い脚を取り付けたロボットである。ちなみに玩具の車種はカローラだ。


「他にも何体か製作したそうだけどアーカイブに画像が残っているのはこの一体だけなんで、これが二号機ということになっている。どの程度の性能があったのかは不明。とりあえずカタカタ歩くことくらいはできたと思うけど。あとこのやっつけ感の漂う車のオモチャは面白がって被せてみただけだろうね」


 小学生の夏休みの工作のような巽は大まじめに解説してみせる。それを聞いてアイガたちはホッと全身の力を抜いた。


「ああ……良かった。タツ先輩もやっつけ仕事に見えたんだ」

「もの凄く適当なロボットが出たから大丈夫なのかと……」

「頭の中が真っ白になるってこういうことなんすね……」

「コメントに困るよね。僕らも先輩たちからこれを見せられた時は顔が引きつったよ」


 巽は当時を思い出して困ったように眉をハの字にする。


「でもコレがいまでは、ああなっているワケですよね」アイガはゲインの方へ振り返った。「もう最終目標は達成しているんじゃないですか」

「うん、『かきくけか』を立ち上げた先輩たちの目標はね。でも僕らのゴールはまだまだ先――いや、ゴールもその道筋も霧の中かな……」

「楽しいロボットってヤツですか?」

「そうだね。作って楽しく、動かしても、見ていても楽しく……言葉にするのはとても簡単なんだけれどね」


 アイガはまたゲインの方へ振り返った。先ほどと変わらずゲインの周りでは風根たちが機体チェックのために忙しく動きまわっている。指示を出し合う彼らの声は会室の中にも聞こえてきた。


「巽先輩、あれって一度動かすたびに調べないと駄目なんですか?」

「基本はね。各関節部に異常が無いかチェックしたり、操作ログと照らし合わせ負荷を調べたりもしている。試合当日だと時間が無くてそこまで徹底はできないけど」

「俺が入ったら今以上に忙しくなるかもしれませんよ? 俺、結構負けず嫌いだから、優勝するために色々注文出しまくったりして大会前には家に帰れないかも?」

「アイガ君、入ってくれるんだ!」


 リィが勢いよく立ちあがり、そのはずみで座っていたパイプ椅子が転倒する。その椅子を起こしながら東が尋ねてきた。


「嫌じゃなかったんすか?」

「部活すること自体は嫌でもないぞ。今日みたいに仕事が休みだと暇なのは事実だし。やる気ある奴のポジション奪いたくなかっただけで。仕事の時は顔出せないとは思いますけど」

「それは問題ないよ。僕だってバイトの日は顔だけだしてすぐ帰ったりするからね。ゲインの改良案についても問題無し。今だって大会前に泊まりこむのが恒例行事だからね。意見をくれることは大歓迎、ゲインをより良くすることが僕らの活動なんだ。むしろどんな意見を聞かせてくれるのか楽しみなくらいだよ」

「とはいえ、それを実現するかどうかは予算との兼ね合いになりますが。――ですよね巽会長」


 会室の壁際でデスクトップPCとにらめっこしていた各務が口を挟んできた。同時に照明が上手い具合に反射して彼女の眼鏡が怪しく光り輝く。その凄みのある

 眼光と静かな声に巽とアイガは「は、はい」と揃ってたじろいだ。


 そして一呼吸。

 たじろいだことを誤魔化すようにアイガが巽に問いかけた。


「そ、それで巽先輩、入ったとして俺はゲインの脚を動かしていれば良いんですか? ロボカップ以外にも大会が?」

「大会は小規模なモノがあと二つだね。他にも小さなロボットのコンテストに参加したり、他の同好会活動や学祭、市の祭りなんかにも協力したりしているよ。とりあえず、由良君にやってもらうことになるのは――」

「投票ですね」


 そう口を挟むと各務が立ちあがりアイガにペコリと頭を下げた。


「由良アイガ君でしたね、入会されるようなので改めて自己紹介を。各務美亜です。どうぞよろしく」


 彼女の挨拶が終わると同時に巽のタブレットPCからメールの着信音が鳴った。

 巽がタブレットを操作すると画面が四分割されて、それぞれにロボットの頭部立体モデルが表示された。

 各務が立ちあがる寸前にデスクトップPCから巽のタブレットに送信したデータである。


「ああ、ゲインの新しい外装っすね」

「先ほど華梨さんが持ち帰ってきてくれました。その中から予算内に収まりそうなデザインを四つ選んでいます。プリントした物も椅子の上のバッグの中に入っていますよ」


 各務の言う画材バッグの中からリィが二十枚ほどの紙束を取り出し、それを長テーブルの上に広げていった。

 着色されていない、紙の上にペンで描いただけのシンプルなデザイン画だ。

 頭だけでなく、脚部や腕部、肩や胸、背面、腰回りの外装デザインと、それらをまとめて装着したゲインの全身図もあった。


「さっき動画で見た外装は八年使用していてね。さすがに傷みも激しくなってきたから今年作り直そうすことになって、それならデザインも一新しようということでポンチ研の波原君にお願いしたんだ。学食チケット四枚でここまでやってくれて彼には感謝だよ」


 つまり巽の知り合いがこれらのデザインを行ってくれたらしい。

 ちなみに学食チケットとはランチセットを食べることのできる有効期限無しの回数券のことである。

 ついでに説明しておくとポンチ研とは『ポンチ絵研究部』の略であり、自分たちで漫画を描き、発表していく部活動のことだ。

 最古参の文化系倶楽部でいまも最大の部員数を誇っているが、部員の誰一人として部活名称が『漫画研究部』ではなく『ポンチ絵研究部』なのか分かってはいない。


「にしても思い切ったイメチェンですね」


 アイガの感性でいうと旧外装が西洋甲冑なら、新たな外装はアニメか特撮で登場しそうなSFメカである。


「そこはデザイナーに一任したからね」


 巽がアイガたちに見やすいように、四つある頭部のデザイン画をテーブルの上に並べてくれた。

 四種類の頭は動画で見た物と同じような西洋甲冑風、SFメカのような半球体の物、ひしゃげたラグビーボールのような物、左右の耳の部分にアンテナ板のついた宇宙服のメルメットのような物とユニークなデザインばかりだ。


 この中から新しいゲインの頭を決めるのだ。

 デザインの良し悪しや技術的な知識の無いアイガにはどれも素晴らしいデザインに見えた。

 優劣つけられないのは彼だけではないようで、隣のリィも「迷うねぇ」とつぶやいている。


「難しく考えることはありませんよ。由良君が単純に気にいった物、格好良いと思った物を選んでくれればいいのです」


 各務は「どれにしようかな」と口の中でつぶやき、四番目のデザイン画の余白にサッと丸印を書き込んだ。


「このように気軽にお気楽に。この投票があなたの最初の仕事になります」


 そう言って彼女はアイガにサインペンを差し出した。

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