第13話

 ロボカップは参加八校、八機のロボットによるトーナメントで行われる。

 競技種目は三種類。


 昨年のロボカップ一回戦の種目は『フリースロー』

 サッカーのPK戦を手で行うような競技といえば分かりやすいだろうか。

 直径一メートルほどのカラフルなボールを攻守交替で五回ずつ投げ合い、ゴールを多く決めた方の勝ち。

 同点の場合は決着がつくまで交互にボールを投げ合っていく。

 立てたベニヤ板で作られたゴールの大きさは高さ六メートル、幅十メートルと、ロボットの広げた両腕よりも幅が広く作られている。


 ロボットが両腕を使ってエイヤ! と投げるボールにはさほど勢いも無く、しかしゴールの幅が広いため、守備側のロボットは腕の動きだけでなく左右への移動も素早く行わなければならず――

 その守備側のスキルがおぼつかないために、結果ゴールがよく決まり観客、参加者ともに大盛り上がりする競技となっていた。


 二回戦――準決勝の種目は『書道』

 書道と言っても使用するのは筆ではなく特別に制作された長さ七十センチほどのロボット用サインペンだ。


 お手本の絵が描かれた二メートル四方のパネルの上に透けた紙を張り付け、お手本をなぞっていくというもの。

 制限時間は五分。

 その時間内により多く正確に描けた方の勝ち。


 どれだけ素早く正確にトレースできるかを競う物で、純粋に腕の操縦者の技量が物を言う種目となっていた。


 お手本のイラストが犬や猫をモチーフとした愛くるしいキャラクターイラストなのに対し、各ロボットがトレースした作品は歪んだりずれたりとヘタッピな物が多く、中には受けを狙って有名キャラクターを描きだすロボットもあり、準決勝は終始笑い声の巻き起こる試合となった。


 三回戦――決勝および三位決定戦の種目は『ボクシング』

 その名の通り、高さ三メートルのスチール製の衝立を並べて作った二十メートル四方のリングの中で二機のロボットが殴り合う競技だ。


 実際のボクシングのようなラウンド制ではなく、時間制限無しの五本勝負で三本先取した方が勝ち。

 一本終わるごとに双方開始線まで戻り仕切り直すことになっている。

 パンチにも規定は無く、とにかくどのような形でも良いので相手のボディに拳を当てさえすれば有効打とみなされ一本となるルールだ。


 有効打か否かは、ロボットの両拳に取り付けた感圧センサー内蔵のナックルガードが判定する仕組みとなっており、これが相手のボディに接触するとセンサーが反応。『ピロン♪』というアラーム音が鳴り一本となる。

 このセンサーは大会運営局のタイマーと連動しており、人の目に相討ちと見えた場合でも、どちらが早くパンチを当てたのか0.00秒の差まで細かく測定することが可能となっている。


 その三位決定戦、両ロボットとも相手に当てやすいように片腕を前に伸ばした構えで相手の動きを探りつつパンチを打ち込んでいく。

 派手な打撃音も無くダウンも起こらない地味な試合だったが、内容自体は一進一退の攻防が続き、最終五本目までもつれ込む展開で会場は大いに盛り上がった。


 続く最後の決勝戦。こちらはワンサイドゲームとなった。

 青と白を織り交ぜたカラーリングの鋭角的な機体『アクセル』が両腕を使った精確なパンチを放ち、あれよあれよと三本獲得。相手ロボットに見せ場を作ることなくストレート勝ちを決めてしまった。


 場の反応もただただ操縦者の技量に驚きどよめく。そのような反応で決勝戦は終了した。


「こんな感じっすね。試合の前に学校紹介もあったっすけどそれは長いからスキップさせてもらったっす」


 東がモニターのボタンを押して動画を停止させると皆がアイガの顔を覗き込んできた。


「アイガ君、どうだった?」

「思っていた以上に面白かったぞ。観客とかも大勢入っていたし、会場も盛り上がっていたし。個人的にはトレス勝負が一番面白かった。――しかし、肝心のゲインの試合はどうしたんだ?」

「お察しの通り、ゲインの試合はほとんどカットされたんだよねぇ」

「今回ゲインがまともに映ったのはこの最後の七位決定戦だけっすよ」


 東がモニターのスイッチを押すとコミカルな音楽とともに画面の中央を『七位決定戦』の文字が右から左へ流れていく。


 ロボカップならではの特殊なルールとして参加八チーム全てに順位をつけるというものがある。

 一回戦で負けたチームも順位決定戦として二種目目の『書道』で試合を行い、勝った二チームが五位決定戦、負けた二チームが七位決定戦として三種目目の『ボクシング』で試合を行う。

 つまりロボカップ参加チームは勝敗に関係なく必ず三つの競技を行うこととなっている。


 その七位決定戦、早口のナレーションが学校名とロボット名を呼び、試合開始から四本目までの経過をざっくりと説明。

 五本目開始のブザーとともに向かい合っていた白いロボットと緑のロボットが動きだす。同時に画面の左上に『2-2』というスコアが表示された。


「これがおめかししたゲインだよ」


 リィが画面越しに白いロボットを指差した。

 白い外装と頭部を取り付け西洋の鎧――金持ちの家に飾られているような全身甲冑の置き物のような姿となったゲインが相手との間合いを探るように動いていた。

 頭部が装着されているだけで見た目からの印象がガラリと変わる。

 ゲインの、いま倉庫の真ん中で直立している手足のはえたドラム缶のような姿のロボットと同一の機体とは思えぬ変貌ぶりに、アイガも思わず感嘆の声をもらしてしまう。


 このゲインの腕部操縦席に座っているのが先代『かきくけか』会長とのことだが、ゲインに頭部が取り付けられているため、すぐ下にいる操縦者の姿は隠れてしまい、中継のカメラもリング全体が入る遠い位置で固定されたままことも無かったため、操縦者の顔は豆粒以下の大きさで先代の顔は全く分からなかった。


 試合が始まりゲインはフェイントのつもりなのだろう、伸ばした右腕を左右に揺らしながら円を描くようにゆっくりと動いていく。


 相手の緑色のロボットもゲインの方へ右腕を伸ばし同じような動きをみせる。

 双方、相手の隙をうかがうべくリング中央で円を描くこと一分。

 先に動いたのはゲインの方であった。


 相手の方に三歩踏み込み、上半身を回転させながら勢いをつけて左パンチを繰り出していく。

 その腕が相手の右腕にガツンと接触、軌道のそれたパンチが相手ロボットの胸に上手い具合にヒットする。


 モニターからピロロン! とクイズの正解音のようなアラームが鳴り、ゲインの勝利を告げるテロップが大きく流れ――テロップを残したまま画面が大会に参加した『かきくけか』会員たちの集合画像に切り替わってゲインの出番は幕を閉じた。


 集合画像の中央で髪をオールバックにし、眼鏡かけた痩せた男が銀色の包みを持ってはにかんでおり、彼の脇に段ボールケースを抱えた巽や風根の姿があった。

 中央の先代会長を含め、巽も風根も端にいるリィの姉の華梨もあの会員たちも、皆が笑顔でピースサインをしたり拳を振り上げたりして映っている。

 その姿がアイガには何かカラ元気を振りしぼり、皆無理して笑っているように感じられた。


「――と、去年はこんな感じ。画像中央の前会長が手にしている銀の箱は高級チョコ。僕たちが抱えている段ボール箱は参加賞のライト・ブルふたケース。六十本あったのがこの後二週間経たずに無くなったっけ」

「で? ベテランの目から見て去年のゲインはどうだったっす? やっぱダメダメっすか?」


 巽は集合画像を懐かしむように眼を細めながら、東はどこか冷やかすような口調で感想を聞いてきた。


「動きのことならそこまで悪くはないぞ。パンチを打つ時、肩やヒジの関節を上手く連動させていただろ。確か二年間乗り続けていたんだっけ? それ相応に慣れた動きをさせているよ」

「へ、へぇ……何だか意外っすね……」

「それじゃあ、何が足りなかったんだい?」

「足りないのは精確さですね。操縦レバーに無駄な力を込め過ぎてヒジがブレてしまってる。だから狙いたい箇所に拳を送れなくなる。まあ、それが上手い具合に作用して最後はラッキーパンチに繋がったわけだけど。――そういう部分だと優勝した青いロボットは頭一つ抜けていましたね。レベルの桁が一つ違うっていうか、あれはかなりの熟練者でなければできない動きだった」

「へぇ、去年ミトの奴が凄い新人が入ったって騒いでいたけど、由良君から見てもやっぱり凄いのか」

「ミト?」

「タツ先輩のお友達だよ。ユニバのロボ研の部長さんで優勝した『アクセル』の製作者」

「ユニバ? 何か聞いたことがあるような……」

「茅盛ユニバーサルカレッジのことっす。ここから電車で四十分の所にある大学で、ウチとも大昔から交流があるらしく、その辺りのことは大学のパンフにも載っていたっすよ。だからじゃないっすか?」

「白瀬と茅盛、我が県が誇る二大学舎のもう片方だね。ミト――安永壬斗っていうんだが、そこのロボット研究部の部長をしている。賑やかな奴だよ。ロボカップにも自ら脚の操縦で参加していてね。腕の方は笹原君といったかな」

「笹原……?」


 アイガの眉がピクリと動いた。


「どうしたの?」

「いや」


 リィの問いかけに、まさかなと小首を傾げアイガは壁の予定表を見直した。そこに『特番撮影:カヤモリ』の文字がある。


「あのカヤモリってのは、その大学のことなんですね」

「あれか。僕とミトが小学校からの友人だと聞いて、交流の様子を撮影しておきたいと申し出があったんだ。試合前の参加校紹介で流すらしい」

「それ、ヤラセってやつですか?」

 アイガの返しに巽は吹き出してしまった。「アハハ、違う違う。こういった交流は僕ら以前からやっているんだよ、それこそ何十年も前からね。だから撮影予定が無くてもこの日は茅盛に行くことになっているんだ」

「何十年も前から……ですか……」


 品のある先輩の顔を眺めながらアイガは唖然となった。

 確かに年に一度のロボカップは今年で二十三回目になるらしい。その一回目から参加していたのなら少なくとも二十三年前にこの同好会は存在していたことになる。


「ここって凄い歴史のある所だったんだなぁ。最近できた部活だと思ってたから驚いたよ」

「いや、コレはあっしも知らなかったっす。伝統とかあまり興味も湧かなかったし……」

「そういえば、リィも全然知らないや」


 東が申し訳なさそうに巽から視線を逸らし、リィがてへへと誤魔化し笑いをする。

 巽が二人をなだめるように両手を軽く上下させた。


「まあ、そこは仕方が無いよ。二人とも入学してまだ二カ月も経っていないからね。僕だって先輩から聞きかじった程度のことしか知らないわけだし。立ち上げ当時のメンバーも皆何十年も前に亡くなっているからね」

「え? それって事故か何かで?」

「いや老衰。お爺ちゃんになってってこと」

「お爺ちゃん? ――って、ここどんだけ大昔からあるんですか!?」


「ウチが設立されたのは昭和五十六年だと聞いている」

「昭和ぁ!? ……って何十年前だ?」

「歴史の授業でしか聞いたことないっすよ。江戸、明治、大正、昭和――平成時代の前っすね」

「リィのお爺ちゃんだって生まれているかどうか分かんないくらい大昔だよ」


 予想を軽く越える回答に高等部三人は揃って眼を丸くし、予想通りの反応に巽は楽しそうに眼を細めた。


「ちなみに僕のお爺ちゃんは生まれていなかったよ」


 話がアイガの操縦技術についての説明から大きく逸れてしまっていたが、気にする者は誰もいなかった。

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