第12話

関節機構駆動研究会かきくけか』の活動場所である倉庫には、大きな入り口の右側に窓のついた壁で仕切られた部屋が設けられている。

 部屋の広さは八畳ほど。

 企業がこの倉庫を所有していたころ事務室として使用されていたその部屋の役割は、いまも変わってはいない。


 飾り気のないクリーム色のドアを開けてまず目につくのが部屋中央に並べて配置された二台の折りたたみ式長テーブル。そして壁際の大きなデスクトップPCが置かれた事務机とその前に座るお下げ頭の女性であろう。


 リィや東と一緒にアイガが部屋に入ると、彼女が椅子ごとクルリ振りむいた。

 巽たちと同じ大学名の入ったグレーのツナギを着ている。

 彼女は左手で丸い眼鏡の位置をクイと修正し、鋭い眼つきでアイガを一瞥すると、素っ気ない自己紹介を添えて軽く会釈してきた。


「ゲインを動かしていたのは君ですか。二年生の各務美亜です。入会したなら以後よろしく」

「どうも、由良アイガです」


 各務と名乗る女性会員に負けじと素っ気ない挨拶を返し、アイガは会室全体をざっと見渡した。


 彼女の事務机の隣にはブ厚いファイルのつまった事務用棚があり、その横にキーパッドのついた金庫と小型冷蔵庫が並んでいる。

 棚と金庫の上には可愛いアニメ番組のマスコットのようなロボットとラジコンの戦車が鎮座しており、冷蔵庫の上には壁掛け式の予定表が吊るされていた。

 予定表には『特番撮影:カヤモリ』『映研撮影協力』などの書き込みが見受けられた。


「各務さん、いま作業中っすか? これから彼にロボカップ見てもらおうと思うんすけど……」

「作業中だけど大した作業でもないから騒いでくれても大丈夫。でもロボカップって、アレをいまから見るつもり?」

「そこはダイジェストで、決勝のボクシングだけ見てもらえば大体大会のことは大体分かると思うッすけどね」


 東が壁際に置かれていた薄い24インチモニターを長テーブルの上に置き、スロットにメモリースティックを差し込んだ。

 リィはそのモニターの周りにパイプ椅子を配置していく。

 この準備の時点で中々に騒がしかった。


 巽がのそりと会室に顔を出したのはその真っ最中だ。


「やぁ各務さん、お邪魔するよ」

「どうしました、巽さん」各務は驚いたように少し目を見開いた。「まさか会長自ら彼の勧誘活動ですか? 分かっていると思いますが、強引な勧誘はご法度ですよ」

「そこは大丈夫だから」


 各務のレンズの向こうの鋭い眼に巽は声を震わせた。


 アイガはリィに小声で訪ねてみた。「もしかして、苦手なのか?」

「各務さんは予算管理担当だから。怒らせると色々と不味いんだよ」

「リィさん、聞こえていますよ。誤解を招きそうな説明はやめてください」


 各務が呆れたように溜め息を吐いた。


「ごめんなさい」リィは深々と頭を下げ、すぐに背筋を伸ばした。「あ、そうだ各務さん、ごめんなさいついでに一つ聞いてもいいですか?」

「? 何でしょうか?」

「ロボカップで優勝したとして、その時ゲインを動かしていたのがロボットに興味のない人だったら嫌ですか?」

「そうですね……、本当に優勝してくれるのなら誰が動かしていても私は気にしませんよ。私がここにいるのは教授に頼み込まれたからですし。まぁ、私だってゲインに入れ込んだ方が操縦して優勝するのが理想でだとは思いますが――いまはとにかく、理想よりも実利ですよ。結果を出せば巽会長が管理会から嫌味を言われることも無くなるでしょうから」

「だってさ、アイガ君!」

「分かったって」


 リィとアイガのやり取りに各務が眉をひそめた。

「と言うか……何ですかこの質問?」

「さっきちょっとあってね」

 先ほどまでの経緯を巽が手早く説明する。


 用意されたパイプ椅子に腰掛けながらアイガはリィたちに尋ねた。

「管理会って何だ?」

「学生活動管理会のことっす。要するに部活やサークル活動をキチンと行っているのかチェックする所っすね。この波止場にも定期的に顔出しに来るっすよ」

「そこから嫌味ってマズイのか? 優勝しないと廃部とか?」

「いやそれは無いっす。そんな条件あったら、白瀬大ここの部活なんて八割以上が消滅してるっすよ」

「そりゃそうか。んじゃ何で嫌味?」

「そこは結果が出せていないからじゃないっすかね?」

「でもお姉ちゃんが言ってたよ。ウチは大学の宣伝しているからまだマシな方だって。こんな風に――」


 リィがモニターのスイッチを押すとスピーカーから静かな波の音が流れ、画面にコンクリートのだだっ広い更地が映し出された。

 更地の奥には海と晴れ渡った青空が広がっている。

 少し間を置いた後、波の音を掻き消すように、


『はい、今年もやって来ました。鶫南港埋立地つぐみなんこううめたてち!』


 と、元気な女性レポーターの声が聞こえ、その主が画面の中に入ってきた。カメラもレポーターに接近していく。


『昨年の優勝ロボのデータを元に改良された参加八校、八機のロボットが激突します。第二十二回ロボカップスタートです!』


 レポーターがマイクを持った右手を振りあげるとカメラがクルリと百八十度反転。

 更地から続く斜面の上に並んだ八機のロボットが映し出された。赤、青、白、色とりどりロボットがズラリと並ぶ。ただそれだけの画がただただ壮観だ。

 アイガも思わず「へぇ」と身を乗り出そうとするほどに。

 が――それをじっくりと眺める間もなく、画面はポップな音楽とともにオープニング映像へと切り替わる。


「何だよ、じっくり見れないのかよ……」


 切り替わりの速さにアイガも思わずごちってしまう。ごちってからしまったと思った。


「エヘヘ。アイガ君も魅入っちゃった? ちなみに左から三番目の白いロボットがゲインだよ」

「後でじっくり見ることができるっすよ。第三試合はフルで配信されているっすから」


 リィはほんわかした笑みを、東はムフフとどこか冷やかすような笑みをアイガに向ける。

「クソッ……」と、アイガは気恥かしさで一瞬視線を逸らしたが、実際女子二人の言うとおりだったので開き直ることにした。


「……まぁいいや。それより気になったんだが、レポーターが言っていた『優勝ロボのデータを元に』ってのは何だ? 優勝するとスペック公表することになるのか?」

「ん~そんな感じかな」

「正確にはロボカップに参加した全てのロボットのデータが公開されるっすね」


 女子二人が簡潔に答えてくれた。

 先ほど巽も言っていたがロボカップ参加校はコックピットブロックを提供してくれている『サワダ』に毎年制作したロボットのデータを送っている。

 ロボカップ参加校はサワダに申請すれば指定したロボットのデータを送ってもらえるということらしい。


「そういう仕組みだから優勝したロボットのデータとか、皆が取り寄せてると思うよ」

「じゃあ丸パクリもできるってことか?」

「理屈の上では可能じゃないっすかね」

「でも杏ちゃん、そんなことやった人、一人もいないって聞いてるよ?」

「そりゃ、一年前の機体をコピっても意味無いっすからね。パクリ元も改良してくるワケで、学校ごとに予算なんかの格差もあるだろうし、それより何より目指しているロボットが各チームごとに違うッすからね」

「ちなみに『かきくけか』のコンセプトは楽しいロボットだよ」

「楽しいロボットか……」


「何だか盛り上がってるねぇ」


 後輩三人がワイのワイのと話し込む光景に巽は思わず口元を綻ばせた。


「巽会長も輪に入ってくださって構いませんよ。そのためにこちらにいらっしゃったのでしょう? 外装デザインについての相談は後ということで」

「悪いね、各務さん」

「予算内に収まりそうな物をタブレットに移しておきます。良ければ、あの見学の彼にも後で投票するように呼びかけてみてください」

「分かった」


 各務にありがとうと両手を合わせると、巽は冷蔵庫からエナジードリンクの缶を三本取りだしてアイガたちの集まるモニターの前へ移動した。

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