第11話
「腕が駄目なら脚の方をを担当してみない?」
この華梨の提案はこの場にいる会員の耳に届いた。これに真っ先に反応したのは妹のリィだった。
「へ? ちょっとお姉ちゃん急に何言いだしてるの!?」
「あれ? 上手い人がレギュラー取るのは当然なんでしょう?」
「うぅっ……!」
「少しの間見ていなさい。アンタと同じように私も思う所があるから」
妹の反論を封じると、華梨はアイガに再度問いかけた。
「どうかな由良君? 最初にいっておくけど、私に対して君が気を使う必要はまったく無いから。私がここに入ったのはロボット作ってみたかったから。操縦することになったのは偶々」
「鈴那さんたちがパイロットになる前は前会長と副会長がゲインを動かしていたんだ。二年間ずっと担当してた」
「あの人たちロボット動かすのが大好きだったからなぁ」
巽と風根がしみじみと語りだす。
「その二人が引退して、私が引き受けることになったの。由良君も私たちの母さんの仕事は知ってるでしょ。その関係で資格は持っていたし何度かアームリフトを動かしたこともあったからね」
「そうそう、華梨さんが断ったら他の資格持ってる奴らでジャンケンかアミダで決めようってことになったんだよな」
「あん時は内心ヒヤヒヤしていましたよ、俺」
華梨の話を他の会員たちが口々に補足していく。彼女の話はアイガをゲインに乗せるための作り話というわけでは無さそうだ。
「リィはゲインに乗るために資格を取ってきたけれど、私は親の仕事の関係で取っていただけ。他に積極的にゲインを動かしたいって人も、こんな感じで見当たらないわけね」
「華梨さんサーセン。でも実際、資格持ってるってだけの自分が動かしても三戦全敗するのがオチですからね。」
花梨の指摘に会員の一人が苦笑いしながら頭を下げた。
「そこはまぁ、俺もタツも作るの専門で、操縦に関しちゃペーパー拗らせちまってる状態だからなぁ」
後頭部をポリポリ掻きながら風根も面目無いと頭を下げた。
「餅は餅屋とも言うし、少なくとも自分は上手い人が乗り込むことに反対はしないかな」
「右に同じく。カッコ良く動かしてもらった方がゲインだって嬉しいだろうし」
そう言って男子会員二人がアイガに笑いかける。それはどこか自虐的な笑みだった。
皆、風根の言うようにペーパードライバーを拗らせて操縦することに自信が持てなくなっているようだ。
とはいえ彼らに対して『覇気が無い』『情け無い』とはアイガは思わなかった。
慣れてしまえばアームリフトの操縦など誰でも上手くできるとアイガは考えている。
しかし、慣れるためにはそれ相応の操縦経験が必要だということもアイガは知っていた。経験が無ければ物怖じするのは仕方のないことだろう。
「と、そんなワケで。どうかな由良君、脚を動かしてみる気はない? まあ見た感じ、脚の操縦は気に入らなかったようだけれど……」
華梨の指摘にアイガはギクリとした。
「き、気づいてたんですか?」
「巽君たちも、皆気づいてるわよ」
「ハハハ、やっぱりそうか。ぱは長々と操縦していたのに脚の操作はあっさり切り上げたから、アレ? とは思ったんだ」
「あのディスプレイは楽しかったんですけどね。脚の操縦は自由が無くてつまらなかった」
「へぇ……」
楽しげな巽の表情がアイガの一言で一変した。
「気にさわったならすいません。でも巽先輩、脚の操作は画一的で面白くなかった」
「いや、怒ったんじゃないよ。珍しい感想だったから驚いただけ。自由度がなくて面白くないか……。でもそりゃそうだ、何をやるにしても楽しくないとね」
巽は何かを納得し、一人しきりに頷いてみせる。
「そういや、今まで聞いた感想って凄かった、楽しかったとかばかりだったな。それが駄目ってワケじゃねぇし、言われた俺らは当然嬉しかったワケだが――」
風根も腕組みをして何かを考えるように首を傾げた。
「それならアイガ君、腕の操縦は楽しかったワケだよね?」
リィがニコニコ顔でアイガの顔を覗き込もうとし、その彼女の襟首を華梨が引っ張り三歩下がらせた。
「そうじゃないでしょ、リィ。彼を仲間にしたいなら、ここはどうしたら脚の操縦が面白くなるのかを考えなきゃ」
「どう面白く?」
「そう。――で、由良君のアイディアはどう? ここがこうならって思う箇所があるわけだよね。とどのつまり不満があるってことはそういうことだもの」
「それは僕も聞いておきたいな」
華梨の問いかけに巽も興味津々という顔で乗っかてきた。問われたアイガは困り顔だ。
「え? 急に聞かれても。そもそも俺、技術的なことはサッパリだし」
「そこは気にしなくても良いよ。好き放題言ってくれて構わない。その方が貴重な生の意見を聴けるわけだしね。足の裏にブースターをつけろでも何でも良い」
「それじゃ……」
アイガは感じた不満をどう説明するか少し頭の中で整理した。
「脚力が無いのが不満ってことになるのかな……? 両足の動きがとにかく遅すぎるのが……、ダンスができるようにとは言いませんが、せめて勢いよく操縦桿を動かしたら大きく蹴り上げるくらいは出来るようになって欲しい」
「脚力か……。モーターのパワー不足をどう解消するのかが問題だね」
アイガの言葉を巽は何度も頷きながら真剣な顔で受け止める。
「モーター?」
「脚の動きが鈍いのは単純に関節部のモーターが貧弱なのが原因なんだ。だから脚も上がらない」
巽が自身の両足の付け根をパンと叩いてみせた。
「見ての通りゲインの脚は三メートル以上ある金属の塊だ。これを九十度持ち上げるだけでもかなりのモーターパワーが必要になる。物干し竿の端っこを握って持ち上げる所を想像すると分かり易いんじゃないかな?」
「なるほど……」
「解決方法はいくつか考えられるね。一番手っ取り早いのは、より強力なモーターに交換することだけど――」
「お~い、タツ! 蹴りを出すならバランス維持も必要だぞ。一時的に片足立ちになるわけだからな」
口を挟みながら風根はその場で前蹴りを行い、自分の体で重心のブレを確認する。
「かざやん先輩、蹴りと言っても色々ありますよ。回し蹴りとか、あと飛び蹴り?」
「飛び蹴りは無理っしょ、ヒザいわしますって」
「長時間片足立ちするなら、そこに掛かる荷重をどうするかも問題ですよね。コックピットブロックだけで七百キロ以上あるわけですから」
「いや、あの先輩方……?」
巽や風根達、他の会員たちが自分の思いつきを真剣に検証し始めたのを見てアイガは大いに戸惑った。
「コレ、もしかしてからかわれてる……?」
「んなワケないでしょう。これがウチの活動で、それが楽しいわけだから」
そのアイガの肩を華梨が優しく叩き、その次の瞬間、
「そうだよ!」とリィがまた勢い良くアイガに詰め寄ってきた。「ごめんねアイガ君、うっかりしてた。いきなりロボカップとか言われてもピンとこないよね。どんな大会なのかも分かんないんだからさ。でも知れば楽しくなると思うよ」
「は? あ、ああ……、まぁいいか。別に予定もねぇし」
動画がいっぱいあるからとリィは倉庫の角の会室へアイガの背中を押していく。
ロボカップという大会がどんなモノか興味があったのでアイガも黙ってそれに従った。
その妹の後ろ姿を見送りながら華梨は隣にいる東に声をかけた。
「杏ちゃんにもあの子のフォローお願いして良いかな?」
「はい? フォロー? 華梨さん、急に何を?」
「彼がゲインに乗り込むようにね。こういうのって同年代の方がしっくり行きそうだから」
「華梨さんも乗り気っすか」
「杏ちゃんは由良君が操縦することに反対だったり?」
「反対というか、アームリフトの資格取るために頑張ってたリィちゃんの努力が無駄にならないのなら構わないかなっとは思うッすが……。でもさっきの試乗を見てもあっしには彼の凄さってのがさ~~っぱり分からなかったんすよ」
「大丈夫、そこは私もさっぱりだから。リィが凄いと言うなら間違いなくその通りなんでしょう」
「ん~~、それはその通りなんでしょうけど」
東はしかめっ面で何かを思案すると、 華梨に手を振り会室へ足を向けた。
「そんじゃ、とりあえず会室の方に行ってくるっす。フォローなんて気の利いた大役こなせるか分かんないっすけど」
「大丈夫。失敗しても怒ったりしないから」
「これで怒られたら理不尽すぎるっすよ華梨さん」
その後輩を目で追いながら風根も巽の背を押した。
「タツ、ゲインのチェックは俺らでやっておくから、お前も会室行ってこい。冷蔵庫に入ってる俺のプリンを彼に出してやってもいい」
「は? 風根、お前まで急にどうしたんだ?」
「リィちゃんの言っていたことはマジかもしれないってことだ」
風根は抱えていたタブレットPCを巽に向けた。
その画面には[R/U 20・45 F/D26 F 20――]とアルファベットとコンマで区切られた横書きの数字でビシリと埋め尽くされている。
先ほどチェックしていたゲインの両腕の操作ログだ。
「これがどうかしたのか?」
「詳しい解説は後でするとして、俺の見たてなんだが、これゲインのリーチや関節の稼動域を確認していたんじゃねぇかな。腕の上げ下げ、ヒジの曲げ伸ばし、胸部の回転。ゲインができる動作を全て行なっている」
「いわれて見ると、流れるように動かしていたな」
「長年染み付いた職人の癖ってヤツなのかね? 他の見学者みたいにガチャガチャと遊んだ痕跡が欠片も無い。いかにもキャリア六年のベテランて感じがプンプンするだろう?」
「リィちゃんが言っていた話か。でもそれ、由良君が十歳からアームリフトを動かしていることになるぞ?」
「そこの真偽はいまはどうでもいい。俺が言いたいのは――タツ、俺のいまの話を聞いて何か思い出さないか? ってことだ。去年の夏ごろ俺は似たようなエピソードを耳にした。話の出所はお前の幼馴染だったな」
「ミトの話で、アームリフトの動作確認……? ああ、ユニバの笹原君か!」
「そうだ。リィちゃんは奴に匹敵する逸材を連れてきたのかもしれないぞ」
「まさか……」
と、巽の瞳がわずかに揺らぐ。同時に『もしかすれば』という期待も彼の胸中に湧き上がてくる。
「動かしている時にサッカーボールを蹴り上げてキャッチさせてみても面白かったかもな。笹原は三個同時にキャッチしてみせたんだっけか?」
「分かった風根。とりあえず行ってこよう。でも……」
「ああ、俺も無理強いはしねぇよ。彼が入らねぇってんなら綺麗サッパリ忘れるさ。だが脈はあると思うぜ」
「何故?」
「りぃちゃん可愛いからな。俺らと違って普通の奴ならいい顔しておきたいだろうよ」
「ゲインを気にいってるとかじゃないのかよ……」
「カカカ、そこはこの後の会長殿の働き次第じゃないか?」
「そりゃまた……、責任重大だな」
カカカという軽薄な風根の笑い声に軽く手を振り巽も会室の方へと歩き出した。
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