第三章 『かきくけか』とロボカップ
第10話
期待はずれだったという感想を顔に出さぬように務めながら、アイガはゲインの操縦席を離れ巽と一緒に足場を降りていった。
そのアイガを一番に出迎えたのは勿論リィである。
「エヘヘ。アイガ君どうだった? 大会に出てみたくなったでしょ?」
そう話しかけるリィは自信に満ち溢れた満面の笑顔。入会届けにサインすると確信しているのだ。
彼女の後ろで高等部の友人である東杏が何やら心配そうな顔で付き添っている。
その二人とアイガの間にツナギ姿の女性が割り込んできた。
「ほら、アンタは少し落ち着きなさい」
と、その女性がリィの頭をポンと叩いてたしなめる。
彼女が「姉の華梨です」と自己紹介をする前にアイガはリィの姉だと分かった。
リィとは余り似ていないが、工事現場で顔を合わせている莉奈の面影が感じられる。
「ごめんね由良君。リィの奴、強引だったでしょう?」
「別に構いませんよ。仕事も休みで、駅前でゲームやるくらいしか予定もありませんでしたし」
「駅前っていうと駅ビル六階? どんなゲーム遊んだりするのかな? ロボットで撃ち合うヤツ? それとも……奥のスペース?」
「ち、違いますよ。あそこは高校生以下は立ち入り禁止でしょう!」
「アハハ。冗談冗談。ちょっと君の人となりを勘ぐってみたくなっただけ。何せ妹がポジションを譲るって言いだすほどの男の子なんだから」
「ああ、華梨先輩が脚を動かして俺が腕を動かしロボカップに出場するって話ですね。昨日、妹さんから三回くらい繰り返して聞かされましたよ。――あれ? ってことは、もしかしてゲインの脚の操縦方法を考えたのって……?」
「違う、違う。私はゲインの脚担当になってまだ三カ月たってないよ。システムはもう何年も前からあのまんま。っていうかあれが二足歩行を成立させるためのスタンダード。他校のロボットもあんな感じだよ」
「あれが……スタンダード……?」
いや、アームリフトとは異なる競技用ロボットなのだから、それで正解なのだろう。
理解はできるが心のどこかにしこりのような物を感じアイガは眉を歪ませる。
その前にリィが満面の笑顔で割り込んできた。
「エヘへ。アイガ君、お姉ちゃんともう息ピッタリだね」
「……入会、するっすか?」
リィに付き添う東はどこか複雑な顔だ。
「うん、そうだな……」
入会するか? どうするか? ――アイガは腰に手を当てて考えた。
入会すること自体はやぶさかではない。
入会したなら受け持つのはそれなりに面白かった腕の操縦で、つまらなかった脚は華梨が担当してくれる。
転校してきたばかりで土地勘も殆どなく、現場に行かない日に暇を持て余し気味なのも事実なので、仕事に差し支えが無ければ部活動も悪くは無い。
しかし――
「ちょっと気になったんですが……、こいつを動かすのに資格が必要なんですか?」
アイガは巽に問いかけた。
「アームリフトの資格のことだね? ここで動かす分にはどの資格も必要ないよ。でもロボカップで動かすのなら必要になる。大学を出て公共の広場で行なうからね。外に出るとゲインたちロボットは二本足のアームリフトという扱いなんだ」
「法で決まってるワケじゃないんだが、世間様に対する建前ってヤツだな。まぁ、つっても資格取りに行く一番の理由は、講習受ときゃロボットの操縦方が簡単に学べるからなんだけど」
カカカと軽快に笑い、巽の返答に風根が補足とオチをつけた。
とはいえ、この『建前』がしっかりと機能しているからこそ、大手企業がスポンサーとなり、警察を始めとする関係各所も大会の開催に許可を出し、その内容も配信されるようになった。
ロボカップは今年で二十三年目、二十三回目の開催となる。
その歴史の中で六メートルのロボットが原因での事故は一度も起こっていない。
「資格無しで乗ってたりしたら罰金なんですか?」
「無免許運転と同じ扱いじゃなかったか? ぶち込まれるか、ウン十万の罰金か。つっても選手登録にコピーも要るから、罰則くらった奴なんて今まで一人もいなかったはずだ」
「そこは大会参加者全員がしっかりしているよ。もし何らかの事故が起きたのなら、自分達の晴れ舞台はいとも簡単に消し飛んでしまうってことを理解しているからね」
「晴れ舞台……ですか。なら俺がコイツを動かすことはできませんね。すいませんが先輩――」
アイガはゲインを見上げて入会しないことを告げようとした。その台詞を言いきる前にリィが噛みつきそうな勢いで詰め寄ってきた。
「えーっ! 何で? 何で? アイガ君、資格スゴイの持ってるじゃんっ!」
「いや、だってお前、その晴れ舞台でコイツに乗るためにわざわざ資格を取ってきたんだろ。だったら、ここで新参者が出しゃばっちゃ駄目じゃないか」
「そんなの、サッカーでもバスケでも上手い人がレギュラーとるのは当然じゃん!」
リィが噛みつきそうな勢いで顔を近づけるのでアイガは背筋を反らして距離を保とうとする。
「それはその競技が好きな奴らが集まった中での話だろ? 俺は今日初めて見たゲインに何の愛着も持っちゃいないし、ロボット作りに興味も無い。そりゃ大会で上手くやれるとは思うが……仮に優勝したって動かしたのがそんな部外者じゃ誰も素直に喜べないだろ? ――ですよね先輩?」
近づくリィの鼻先から逃れようと、アイガは背筋を反らせて距離を保ちながら同意を得ようと巽たちの方に首を向けた。
「え? ソコでこっちに振る? かざやん先輩どうですか?」
急に話題を振られた会員の一人が困惑しながら風根にパスをだした。
「いや、どうっても……どうだろうな? タツはどうよ?」
「僕は……、その時になってみないと分からないかなぁ」
巽はあごに手を当てながら真面目な顔で返答する。
「ああ、俺もそれだ。優勝と言われてもピンとこねぇ。俺ら弱小だしな」
「かざやん先輩、そゆコトこと言うのやめましょうよ」
「なら、おめぇはどうよ?」
「自分も……同じです。想像できません。マズイですよ。負け犬根性が染み付いちゃっています」
「アハハ、そりゃやばい」
アイガの期待通りにはいかず、先輩方は和気あいあいと談笑し始める。
思惑が外れたアイガは所在無さげに立ち尽くすしかない。その肩を華梨がポンと叩いた。
「ごめんね由良君。私もそういうの気にしないクチかな。どんな形であれ
華梨はアイガに向かって申し訳なさそうに両手を合わせてみせた。
「ほら、ほら、アイガ君。そんなの誰も気にしないってさ」
姉の援護射撃にリィは小躍りするが如く上機嫌だ。
「それにアイガ君もつまんないコト気にしすぎだよ。タツ先輩が言ってたもん、ここに来たことをきっかけにロボット好きになってくれれば良い。ゲインに触れることで何か見つかるかもしれないって。ロボットに興味が無くても皆歓迎してくれるよ。――ですよね? タツ先輩」
「そりゃ一応僕は会長だからね。人が増えることは大歓迎だし、確かにそういったことを口にしたりしているけどさ……」
巽が居心地悪そうに苦笑した。
りぃの言葉通り、巽はここに来たことを機に後輩達が少しでもこの分野に興味を持ってくれれば嬉しいと常々思っている。
しかしそれを他人の口から語られると何とも臭い台詞のように聞こえてきて小っ恥ずかしく、ムズ痒いものがあった。
「まったく、あの子ときたら……」
はしゃぐ妹にしょうが無いなぁと軽くため息をつき、華梨はアイガに語りかけた。
「何だか色々とゴメンね、騒がしい妹で。あと、ありがとう。あの子に気を使ってくれたんだってことは分かっているから。当の本人は気づいていなさそうだから私が御礼言っとくね」
「別にそんなんじゃありませんよ」
「まぁまぁ。で、そんな由良君に私から一つ提案があるんだけど――」
華梨が意味深な微笑を添えて人差し指をピンと伸ばした。
「腕が駄目なら、脚の方を担当してみない?」
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