第16話

 茅盛ユニバーサルカレッジ構内は白瀬のそれと大した差は見受けられなかった。

 行き交う暖色系の石を敷き詰めた遊歩道、等間隔で配置された植え込みも、そこを行き交う私服の学生たちの雰囲気も同じ。立ち並ぶ校舎のデザインまでもが似通っていた。

 異なるのは校舎の配置くらいだろうか。風根はそのキャンパスを迂回して大学の裏手にある来客用の駐車場に車を止めた。

 そこの隅にテレビ局のロゴマークが描かれたトラックが止まっているのが見えた。『ロボカップ』撮影クルーはすでに現地入りしているようだ。

 車から降りた巽と風根は勝手知ったるライバル校とばかりに慣れた足取りで駐車場を横断し大学構内へ。アイガもキョロキョロしながら二人について行く。


 駐車場を出る辺りで巽がアイガに駐車場のすぐそばに建つに二階建ての広い陸屋根の建物が『ロボット研究部』の活動場所だと教えてくれた。

 よく見ると建物の向こう側、屋根の上から青いロボットの肩らしき物が見えている。

 そちらに回り込んでみると、やはりそれが茅盛のロボット『アクセル』だった。


 アクセルのボディはハンガーリフトと呼ばれる二本の垂直に折れ曲がったL字型のレールに接続された金属板にもたれかかるようにして直立している。

 ハンガーリフトとはスイッチを操作することで金属板がレールの上をスライドし、六メートルの機体を立たせたり、寝かせたりする整備用の設備だ。

 リフトの頂上部には屋根と転倒防止用のワイヤーの着いたクレーンも備わっている。 かなりの高額設備なのだがアイガの目はその上に固定されたアクセルに向けられていた。


 頭部は取り外されていたが、それ以外はゲインのようなフレーム姿ではなく、ロボカップの動画で見た特殊炭素繊維で作られたの青色の外装が装着されている。

 磨きこまれたそれは頭上に広がる青空が映り込むほどの光沢を放っていた。


「こっちは丸裸じゃないんですね」

「おそらく本番を見据えた動作チェックの最中なんだろうな。大会までもう三十日切っているわけだし」

「チェックのたびにわざわざ付けたり外したりするわけですか?」


 アイガは間近にあるアクセルの脚を見つめた。

 六メートルあるロボットの脚の長さはざっと三メートル。脛の部分だけでもアイガの背丈と同じくらいの高さがある。

 その脛の箇所だけでも五つの外装パーツを組み合わせてネジ止めしているのが見て取れる。見た感じ、片足の外装だけで四十キロはありそうだ。

 チェックのたびにこれらの取り付け作業を行うというのは中々に面倒臭そうな作業だ。


「一つ一つはそうでも無いんだが、全部合わせるとかなりの重量になるからな。規定で決まっている箇所だけでも二百キロ近くあるし」

「重りを巻いているようなモノですか。確かに操作感覚が変わりますね」


 アクセルから建物の中へ眼を向けると、両サイドのシャッターは全て開け放たれており、中には数台の車やバイク、その周りにはオレンジ色のツナギを着た学生たちが集まっている。皆のツナギの背中にはもれなく「茅盛」の白抜き文字が入っていた。


 こちらのロボット研究部は『かきくけか』と違い、他の部活と共同で建物を使用しているようだ。


 この自動車整備工場のような共同部室の中からツナギ姿が一人、巽の元へ駆け寄ってきた。

 一年生のロボット研究部員らしく、「白瀬大の皆さんですね」と一礼する。

 今回は撮影クルーが参加するということで他の部の迷惑にならぬよう、大学内のカフェで会合をすることに変更となったようだ。

 そちらへ赴くと屋外テーブルの隅の席にオレンジ色のツナギを着た二人のロボ研部員が見えた。一人は髪を赤茶色に染めており、もう一人は眼鏡をかけている。

 彼らのそばにはバズーカ砲のような撮影カメラを担いだ男が立っており、その頭上には白い球形ドローンが音も無く浮遊している。これも撮影機材の一つだ。

 もううカメラは回っているのだろうか。

 少し離れたテーブルでは撮影クルーの男がノート型の撮影端末を真剣な顔で凝視しており、すぐ近くでは女性レポーターが神妙な顔で責任者らしき男性の指示に頷いているのも見える。


 巽を先頭に向かって行くとロボ研部員の一人――椅子に浅く腰をかけ、開けたツナギの胸元から黒いアンダーウェアをのぞかせている茶髪の男が大きく手を振ってきた。


「よう! トモちゃん、こっち、こっち!」


 その学生の賑やかな呼び掛けに巽も笑顔で応じ、挨拶を交わす二人をフレーム内におさめようとカメラマンが立ち位置を修正していく。


「あれが巽の巽の幼馴染、ロボ研部長の安永壬斗だ」


 風根が耳打ちするようにアイガに伝えた。

 ロボット研究部部長、安永壬斗。

 巽よりも長身で、ピンと伸びた背筋と広い肩幅からがっしりとした体格をしていることもうかがえる。茶髪の下からのぞかせる日に焼けた顔も各パーツのしっかりした精悍な物だ。

 しかし口元に薄ら笑いを浮かべているためか、どことなく軽薄そうに見えるというのがアイガの第一印象だった。


 眼鏡をかけていたもう一人のロボ研部員も立ちあがり巽に「今日は宜しくお願いします」と頭を下げる。安永と違いこちらは落ち着きがあり生真面目そうだ。

 風根がアイガに彼は副部長の矢車だと教えてくれた。

 そしてもう一人、カフェ店内からサンドイッチの敷き詰められたトレーを運ぶオレンジ色のツナギ姿が現れた。

 黒髪の痩せた学生で、整った細い眉と涼しげな眼、この場に居ることを面倒臭がっているような真一文字に紡いだ口が印象に残る顔立ちをしている。

 風根が彼を見ろと言うようにアイガの肩を叩いた。


「いま来たのがあちらさんのエースだ。アクセルの腕部操縦者、笹原――」

「覚先輩じゃないか!」


 見知った顔にアイガは思わず声を上げ、その声に黒髪の青年が足を止めて振り向いた。


「由良君か? どうして?」


 ロボット研究部所属、腕部操縦者の笹原覚は意外そうに眉を上げ、すぐ納得したように素面に戻った。


「何だ? 覚、知り合いか?」

「前にヤスさんたちに話したでしょう。現場に凄く上手い高校生が入ってきたって。その彼ですよ」

「あの超高校級ルーキー君かっ!?」


 安永が勢いよく立ちあがりアイガを指差した。はずみで椅子が転倒しガタンと音をたてる。

 彼の行動と発した単語に反応して、一同の視線がアイガに集まった。驚き、戸惑い、各人の表情で視線に込めた感情が読み取れる。

 カメラマンが一歩退き、ここぞとばかりにカメラを構えこの様子を撮影し始めた。

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