第17話
アイガと笹原が白瀬駅前再開発工事現場でアームリフトを動かしている同僚だと聞くと、そんな偶然もあるのだなと全員が驚いた。
「つまりお二人はアルバイト先の先輩、後輩の関係。ということは笹原選手が由良選手にアームリフトの師匠に当たるわけでしょうか?」
女性レポーターが笹原にマイクを向ける。
二人の関係を聞きもっとも食いついてきたのは取材クルーたちだ。いきなり飛び出してきたネタに彼らの眼が期待で輝いている。
配信される番組で実際にしようするかは未定だが使えそうなものは全て収録しておくというのが彼らの流儀だった。
「自分が指導したわけではありませんよ。由良君は来た時からもうすでに上手かった。――しかし驚いたな。由良君は現場では学校でのことを口にしないからさ。まさかこの活動に参加していたとは思わなかった」
「そりゃ昨日入ったトコですからね。逆に覚先輩がロボット乗ってたことにビックリですよ」
アイガは向かいに座る笹原と笑い合った。
白瀬から来た三人と茅盛の三人はサンドイッチの並べられたテーブルを挟み、向かい合って座っている。
飲み物は各自好みの物を注文し、巽たちはコーヒー、笹原はミルクティー、アイガはコーラを注文した。
この場での飲み食いの代金は今回、取材陣のおごりとなっている。
とはいえ大学内のカフェなのでメニューの料金は安く、テーブル上の物全て合わせて三千円にも満たなかった。
少しの間飲み食いしたあと、
「少しよろしいですか、由良アイガ君」
と、離れた位置に座っていたロボット研究部副部長の八車が大真面目な顔でアイガの手の平を見せてもらえないかと頼み込んできた。
その頼みを承諾しアイガは彼の前に両手の平を差し出した。アイガには彼が何を確認しようとしているのかすぐに分かった。
アームリフトの操縦レバーを握り続けてきたアイガの手の平は皮が厚みを増し、四指の根元が固く盛り上がっていた。
笹原も同じように手の平の皮が分厚く変貌している。いわゆる職人の手というものだ。
ハムサンドをかじりながら安永もその手の平を覗き込んできた。
「なるほど、風格のある手をしているじゃねぇの。どうよ、トモちゃん彼の腕前は?」
「最初に基本的な動きを見たきりだ。ベテランだという雰囲気は感じるが……」
「そこは俺が保証しますよ。俺ができることは彼もできるし、俺のできないことも彼ならできる」
笹原の言葉に取材クルーたちがザワついた。
笹原は前回のロボカップで優勝した機体アクセルの腕部操縦者で、最優秀アームオペレーター賞も獲得している。その名選手が年下の高校生を絶賛しているのだ。
カメラマンが照れ臭そうに戸惑うアイガの顔をアップで捉えた。
ザワついたのはもちろん彼らだけではない。
「つまり笹原君よりも上手いと?」
ロボ研副部長の八車が中指で眼鏡を軽く押し上げながら値踏みするような眼をアイガに向けた。
巽と風根もマジかよ……と言うように顔を見合わせる。
「嘘やリップサービスじゃありませんよ」そんな彼らに笹原が言い放った。どこか少し楽しそうだ。「操縦技術より何より、空間把握力とバランス感覚この二つに目を見張る物がある」
エースである笹原の称賛に声を上げて安永が立ちあがった。
「マジかよ! 何で転入先が
「いや安永部長、ただ単に
「あれ? そうだっけか?」
大真面目な顔で冗談じみたことを言いながらアイガに詰め寄る茶髪の部長をあきれ顔の副部長の八車が制してくれた。
「こちらへ勧誘するなら進学の際に今後の進路を絡めて行った方がよろしいかと。ウチは技術系企業への就職に強いという面をアピールしてみては?」
制してくれたと思った八車が妙なアドバイスを口にし始めた。賑やかな部長に対するブレーキ役かと思いきや意外と天然のようだ。
笹原の説明にトップ二人がここまで色めき立つ光景が、この後輩への信頼の厚さの証明であった。
「おいおいミト、うちの新会員を引っこ抜こうとするなよ。由良君が困っているじゃないか」
「スマンスマン。しかしとんでもない後輩が入って来たじゃないか。覚がここまで他人の操縦技術を褒めるのなんて初めてだし」
安永たちの話に巽たちまで加わり盛り上がり始めた。
「ほら、覚先輩が大げさなことを言うから変に勘違いされてるじゃないですか。現場での作業だっていつも先輩たちの方が上手くこなしているくせに」
「君より少しばかり長くやっているからね、要領というモノを心得ているだけさ。同じことを問われればリーダーのガンさんだってべた褒めすると思うよ」
アイガが笹原の発言を否定するも笹原は軽くいなしてみせる。
すると、そばで耳をそばだてていたレポーターがネタ発見と笹原へマイクを向けてきた。
「由良選手について何か面白いエピソードがあったりするのでしょうか?」
「補助スコープ無しで資材までの距離をピタリと言い当てたことがありますよ。あ、補助スコープというのは距離を計測し教えてくれるゴーグルのことです」
そしてそれを見ていたガンさんと呼ばれている、アームリフト操縦者のリーダーの老人がすこぶる感心したという面白いのかイマイチ判断できないオチをつけて笹原は話を終えた。
「へえ、凄いですねぇ!」
「いやいや、凄く聞こえるかもしれませんけど、それ覚先輩だってできますから」
「さすが前回のMVP、笹原選手ですね。やはり精確に距離を測れるというのは試合でも役立つということなのでしょうか?」
「そうですね、競技種目にもよるとは思いますが……、去年のボクシングのような競技なら相手との距離を瞬時に計測できるというのは大きな武器になると思いますよ」
「大会当日、お二人が戦うことになるかもしれませんがどのような試合になると思いますか?」
レポーターのこの質問にアイガと笹原は顔を見合わせた。二人の間に互いをライバル視した火花が走るということは無く、どちらもキョトンとした表情だ。
少し考えて笹原が口を開いた。「まだ競技種目が発表されていないのでなんとも言えませんが……、仮にボクシングで対戦したなら観客皆が楽しめる試合になると思いますよ」
実に模範的な笹原の答えに、そばでインタビューを聞いていた巽と風根が思わず声を出した。
当然の如く周囲の視線が彼らに集中する。
「あ~スマン。何か勘違いさせてしまったようだ」
自分たちに目を向ける全員に対して風根が申し訳なさそうに手を合わせた。
「由良っち君の担当は『腕』じゃなく『脚』なんだわ」
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