第18話
腕と脚、ロボットにはそれぞれを担当する二人の操縦者が乗り込むわけだが、操縦のシステム的に腕の方がより技量を求められるため――もちろんボクシングなどを見れば分かるとは思うが機体を動かし相手との間合いを取るのは脚の操縦者の仕事であり、決して軽んじられているわけではないのだが――上手い方が腕の操作を受け持つことが長年の通例となっていた。
だからアイガも腕を操縦するものだと思い込んでいた笹原や安永、撮影クルーたちにとって風根の一言は衝撃的だった。
「本当なのかい? 何でまた……」
「それは由良君のこだわりだと思ってくれれば」
「まあそちらの事情を勘繰ったりはしませんが……、しかしよく引き受けたね。由良君のセンスなら脚の操縦は退屈で物足りないとも思うんだが?」
この場に集まった者の中でもっとも付き合いが長いだけあって、笹原はアイガのことをよく分かっているようだ。
安永が目を細めニヤリと口元を吊り上げた。
「ハハン、分かったぜ。トモちゃん何か面白いこと企んでいるだろ? 前に話していた緩衝材のアイディアもこのためか?」
「あれは以前から試してみたいと思っていたことだよ。由良君とは昨日初めて会ったところさ。でも彼が楽しめるように脚部に手を加えようとは思っている。まだアイディアはおぼろげにも見えていないけれどね」
「大会まで一か月を切ったこの時期に脚の改造ですか……」
巽の宣言に八車が少し呆れたようにつぶやく。逆に楽しそうに身を震わせたのが女性レポーターだった。良いネタ発見とばかりに笹原へ向けていたマイクの矛先をアイガへ向ける。
「由良選手、随分と先輩たちに期待されているようですね。ロボカップへの意気込みを一言よろしいでしょうか?」
「ん~、期待に応えるべく優勝するために頑張ります――ってトコですかね」
アイガの模範的返答に周りの先輩方が「百点満点!」とにこやかに手を叩く。その彼らの前を球体のドローンカメラが微かなファンの音を立てながら横切っていった。
「優勝という言葉が出てきましたが、前回大会の優勝ロボットであるアクセルについてコメントを」
レポーターが次の質問をアイガへ投げかけてくる。 定型文的なコメントから話から即興で次の話題へと繋げてみせる辺り手慣れたものだ。
アイガは先ほど見上げた青い巨体を思い返した。印象に残った点はいくつかある。
「外装がツヤツヤしていて綺麗だったな。あとゲインよりも背が高かった。脚が二十センチくらい長いのかな。巽先輩、脚が長いってことはそれを動かすモーターのパワーもゲインより強いってことになるんですか?」
「そうなるけど……、そうなのか?」
巽の問いかけは安永へ向けた物で、安永は首を動かしてそれを肯定してみせた。
去年、ゲインと同じだったアクセルの背丈が二十センチ伸びている。
安永から今年は脚をいじるとは聞いていたが、具体的にどう改造するのかまでは巽も聞いてはいなかった。親友同士でも大会終了まで、互いの改造プランは内緒にしておこうと決めていたからだ。
「しかし二十センチなんてこのくらいだろ? よく分かったな」
風根が両手を二十センチほど広げ言った。
先ほどアイガと一緒にアクセルを見上げていたが風根であったが、巽共々アクセルの脚の変化に気づくことができなかった。
隣にゲインが立っていたなら見比べることで腰の高さの差異にも気付けただろうが、六メートルの機体を足元から見上げただけでは脚の長さも解りづらい。
むしろ何でそんなことに気づけるのか? この後輩、まだまだ特技を隠し持っていそうだと風根は喉を鳴らした。
女性レポーターがまたアイガにマイクを向けた。「いま脚の長さが違うとの情報が出てきましたが、やはり脚部操縦者としてその機体を自分でも動かしてみたいと思ったりするのでしょうか?」
「そうですね、試し乗りできるのならやってみたいとは思いますが……」
アイガはチラと安永たちの反応を窺うように視線を向けた。
「ああ、試乗してみたいのなら構わないぞ」
「ヤスさん、止した方がいい」
視線の意味を察し、快く承諾しようとした安永を笹原が制した。
「いま彼を乗せるとアクセルの脚部の新システムが知られてしまうってことです。アレを実装する前なら俺も快諾したでしょうけどね」
「どうした?」
「いま彼を乗せるってことはこちらの手の内を明かすようなものだということです。シフトチェンジ実装前なら俺も快諾したでしょうけどね」
さすがにそれは大げさなんじゃないか? ――笹原から耳打ちに安永は一瞬戸惑いをみせた。しかしこの後輩が誰かを試乗させることに反対したのは初めてのことだ。
しかもその反対した相手は見ず知らずの他人ではなく、人当たりの良さそうな外見をした年下のバイト仲間ときた。
(つまりそれほど奴ってことか)
安永は笹原の言葉に従うことにした。
その旨を告げるとレポーターが落胆したように見えた。
「場がしらけるようなことを言って申し訳ない。が、どうやらそのルーキー君は今大会の台風の目になる存在らしい。そんな逸材に迂闊なことはできませんて。――ほらルーキー君、遠慮せずにカツでもハムでも好きなの食った食った」
安永はまだアイガに色とりどりなサンドイッチが並ぶ皿を押し出した。
目移りしそうなその上からアイガは肉厚のカツサンドをチョイスしほおばると恨めしそうに笹原を見た。
「チェッ、覚先輩にはやっぱりお見通しだったか」
「由良君は変な所でくそ真面目だからね。案の定、目がマジだった。こちらもロボット研究部員十七人からアクセルを託されているんだ。手心を加えるわけにはいかないさ」
笹原は不敵に笑うとカツサンドを手に取り二口で平らげた。
「本当に探りをいれるつもりだったのか……」
二人のやり取りを聞き巽と風根が唖然とした。
探りを入れられようとしていた安永はアイガの抜け目の無さに手を叩いて喜んで見せる。
「いやぁ、頼もしくて良いじゃないの。トモちゃん、例のボトル今年こそ開封できそうじゃないか」
「例のボトル?」
「由良君は見ていなかったね。会室の中に金庫があっただろう、あの中にロボカップが始まった頃に買ったウイスキーが入っているんだ」
二十年前、当時のかきくけかのメンバーがロボカップで三位入賞――つまり表彰台に上がることができたら乾杯しようとマッカランというウイスキーのボトルを一本、二万六千円ほどで購入した。
ロボカップは参加八校で行われるので一戦目と続く準決勝で勝利すれば三位表彰台が確定する。
『かきくけか』の最高成績は四位。
購入したメンバーが祝杯をあげることはなくボトルは代々引き継がれていき、いまだに開封されること無く購入した当時の状態のまま金庫の奥で眠っている。
「まあ眠り過ぎて、かれこれ四十年モノになりつつあるわけだけどな」
「あの、俺お酒には余り詳しくないから分かんないんですけど……それ、大丈夫なんですか?」
「開封していないなら大丈夫なんだってさ。と言っても僕もこんな高価なお酒は飲んだこともないから、傷んでいるのかどうか分からないだろうけど」
「ま、表彰台に上がったのなら俺は腐っていても飲むけどな」
「伝説の祝杯だな」
「……すいません、何か俺未成年で良かったと思ってしまいましたよ」
先輩たちが盛り上がる中、アイガが申し訳なさそうに小さく手を上げてそう告げると周囲がドッと沸いた。
本題である会合が始まったのはこの五分後のことだった。
議題はロボカップではなく毎年秋に行われる白瀬市と茅盛市との合同市民祭りの出展について。
出展といっても屋台をやるわけではなく、一芸を行う客寄せロボット――サイズはゲインのような大型ではなく一メートル前後のモノ――を製作し展示するのだ。
製作するロボットはその年によって様々で、合同で一台のロボットを製作することもあれば、技術協力しながらそれぞれで一台ずつ製作することもある。
そして今年は後者であった。
巽、安永と用意してきた資料の束を突き合わせ、どういったロボットにするのか意見を交わし合う。
熱を帯びた意見交換で一時間が瞬く間に過ぎ、その後は互いの大学祭で何を行うかという雑談に花を咲かせて今回の会合はお開きとなった。
安永や笹原その他のロボット研究部のメンバーたちと撮影クルーのカメラに見送られながら白瀬組の三人は車中の人となり茅盛を後にした。
学内カフェのケーキを詰め込んだ箱をお土産としてアイガに持たせ、「また遊びにこいよ」と豪快に手を振る安永をセンターに部員全員が気持の良い笑顔で見送ってくれた。
車が駐車場から出る直前、後部座席に座っていたアイガは後ろを振り返った。
手を振るロボット研究部員たちの後方、町工場のような共同部室の屋根の上に裏側で立つアクセルの両肩の外装がチラリと見えている。青い外装は夕日を受けてもなお青かった。
「やっぱり動かしてみたかったのかい?」
アイガの視線に気づき、巽が助手席から声をかけてきた。
「いえ、アクセルについて気になったことがもう一つあって、外装は取り付けているのにどうして頭だけ取り外しているんだろうなって」
「ああ」
巽は携帯を取り出し安永へ質問のメールを送信し、答えはすぐに返ってきた。
「頭部だけデザイン変更するから業者へ預けているそうだよ。デザインはうちと同じように部員たちの投票で決めたらしい」
「どこでも同じようなことをやってるんですね」
つぶやく内にアイガの頭に素朴な疑問が浮かび上がってきたが、それを問い掛ける前に巽が口を開いた。
「由良君この後、まだ時間は大丈夫かな? 戻ったら試してみたいことがあるんだ、ゲインの脚力強化についてね」
巽の真剣な表情にアイガは即座に頷いた。
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