第19話

『かきくけか』の活動場所である白瀬大学内の倉庫の前まで風根の運転する車で直接乗り付けた。

 倉庫正面のゲインを出し入れ出来るほどの大きな金属製の扉は開け放たれており、関節各部のモーター音をリズミカルに鳴らしながら腕をグネグネと動かしているゲインの姿が丸見えだった。

 腕の操縦練習をリィはまだやっているらしい。


「お疲れ様っす。昨日の結果張ってますよ」


 出迎えに来た東が会室の壁を指差した。

 会室の前に置かれたホワイトボードに昨日アイガも参加したゲインの新しい頭部デザインの投票結果が張り出されている。

 どうやら西洋甲冑風のデザインが勝利したようだ。


 ホワイトボードには昨日見た四種類の頭部デザインが張り出されており、その横に全身に外装をまとい採用された西洋甲冑風の頭を取り付けたゲインの全身を描いたイラスト三面図も張り出されている。


 アレがこうなるのか……。

 倉庫中央で腕を動かしているフレーム姿のゲイン――冷蔵庫に骨のような手足を取り付けたロボットが外装により肩幅が広く、胸板が厚くマッシブに変貌している。

 ゲインの完成予想図を眺めている内に車内で浮かび上がった疑問が蘇り、アイガは四種類の頭部デザインを改めて見まわした。


 採用された甲冑風の頭部に半球体の頭部、ひしゃげたラグビーボールのような物に宇宙服のヘルメットと四種類のデザインは大きさも形もバラバラで統一感は皆無に等しい。当然、内部の容量にも差があることだろう。


 デザイン画を凝視するアイガに巽が声をかけてきた。


「どうしたんだい? 由良君の気にいったデザインが落選していたのかな?」

「昨日投票した時には思わなかったんですけど、コレってこんな決め方で良いんすか? ロボットの頭部って色々メカを詰め込んだりするんじゃ?」

「自立行動系のロボットなら由良君の言うようにカメラやらセンサーやら頭の中に詰め込んだりするんだけれどね。知っての通りゲインは人が乗り込むことで動かすロボットだから――まぁ、プログラミングで動かすこともできるようにはなっているけど」

「性能面に関してはいまの状態で完成していると」

「そういうこと。言ってしまえば頭は飾りに過ぎない」


 何故そのハリボテの頭をわざわざ取り付けるのかというと、人型ロボットを製作しているのだという各人のこだわりもあるのだが、やはり大きいのはロボカップをネット配信している会社と同大会を支援してくれているスポンサーの意向になるだろう。


 配信会社はロボットの頭にカメラを取り付け六メートルある巨人の主観映像を中継に組み込むことで好評を博しているらしく、大会スポンサーの方は機体の両肩と取り付けた頭部に商品広告を入れることでそれなりの成果を得ているらしい。


 幅、高さとも七十センチあるかどうかの頭に入れる広告にそれほどの効果があるのかと巽自身も疑問に思ったりもするのだが、人間という生き物は人の形を認識するとまず最初に頭――細かく言えば『顔』、より細かく言うと『目』を見ようとする『習性』が備わっている。

 実際、スポンサー企業が左右の両肩と頭にそれぞれ異なる広告を入れたロボットを一瞬だけ見せ、どの広告が印象に残ったのかという実験を行った所、実験に協力した三十名の実に九割が頭部の広告名を上げたというデータが出た。

 ちなみに二番目は協力者たちの利き腕である右肩だったそうだ。


 他にも頭がついていた方が観客の受けも良いという集計結果もあり、いまでは大会の規定にも盛り込まれるようになっている。


「なんのかんので頭は観客の眼が集まるところだからね。ネタを熱心に仕込んでくる所もあるし、ウチもこうして力を入れてるわけ。アクセルが頭部デザインを変更するのもこれが理由だろうね」


 なお、最も表面積の大い胸部外装は安全対策のための装置を取り付けなければならないため、ここに広告を入れることはできないんだと、最後にそう付け加えて巽の話は終了。

 車中で説明された実験を始めるべくアイガと巽は動き出した。


                  ◆ ◆ ◆


 茅盛へと向かうアイガたち三人を見送った後、リィはゲインの腕部操縦席に乗り込み特訓を開始した。

 三十分間、手本の動きを再現するようにゲインの両腕を動かし、そのあと十五分ほど休憩を取るというのがアイガからの指示だ。

 練習中のゲインの動きは撮影しておき、休憩の合間に手本とのズレをチェック、そのズレを修正するよう意識して次の練習を行っていく。


 ゲインの映像は東が倉庫の壁の中ほどを走るキャットウォークから撮影してくれた。

 撮影機材は自前の携帯端末で、撮影した映像を華梨の持つタブレットPCへ転送していく段取りとなっている。


 練習に臨むにあたり、リィは無駄口を叩くことなく、一心不乱に時間という概念を忘れ去るほど真剣に操縦桿を動かし続けた。

 姉の華梨が時間を計り声をかけなければ延々と操縦桿を動かし続けただろうほどに。

 なのでリィは姉から練習中断と言われた時、練習を再開してもう三十分たったのかと思い、それが間違いだとすぐに気づいた。

 リィのいる腕部操縦席からはよく見えなかったが周りが騒然とし始め、会員たちが忙しく動きだしているようだ。


 ゲインの正面にいる東もキャットウォークの下を覗き込みながら、そのまま撮影を続けてくれという指示に「了解っす」と手を振っており、同時に華梨の立っていた足場がアイガを同乗させて壁際からゲインのそばへ移動してきた。

 アイガが頭部装着型ディスプレイを首からぶら下げていたので、これからゲインに乗り込むつもりなのだということはすぐに理解できた。


「おかえりアイガ君。何が始まるの?」

「巽先輩に頼まれたんだ。オートバランサーって機能を切った状態で足を操作してみてくれないかって。何でもゲイン改造の指針にするらしい」

「バランサーを切断……?」


 二本脚のロボットであるゲインが転倒すること無く歩けるのはこのオートバランサーと呼ばれるプログラムのおかげだということはリィも当然知っている。

 六メートルあるロボットたちのこれまでの動作をデータ化、それを元に作製された姿勢制御プログラム。

 ゲインが転ばぬよう、その時の姿勢に応じてこのプログラムが自動で脚部関節のモーターを動かし機体のバランスを取るというゲインの土台ともいえる機能だ。


 これが無ければゲインは立っていることもままならぬ状態になると聞いている。その重要なシステムを切断する――どうやら巽は過去に例を見ない何かを行おうとしているようだ。


「えっと、それじゃリィは降りた方が良いのかな?」

「いやそのまま乗っていてこちらからの指示で腕を動かして欲しいとのことだ。転倒防止のワイヤーも取り付けてあるからゲインがマジでこけることも無いだろうし」

「りょうかい!」


 リィは素早く敬礼すると再び腕部操縦席に腰を下ろした。アイガもゲインの背面ハッチを開き脚部操縦席へともぐりこんでいく。


 二人が乗り込むと華梨はコックピットブロック内に備わっている接続端子のついたコードを二十メートルほど引っ張り出し、足場の下で待ち受ける風根に向けてゆっくりと降ろし始めた。

 風根はそれを受け取ると持っていたタブレットPCにコードの端子を接続し、アイガの操作ログを確認するための用意を整えた。


 ゲインの足元では巽の指揮の元、会員たちが動き回りテストのための準備が進められていた。

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