第九章 準決勝

第43話

 ゲインを簡易テントに戻ってきた時にはもう第二種目『射的』による順位決定戦が開始されていた。

 一回戦で敗れた四チームが順番に射撃を行い、これが終わった後で準決勝が行われる段取りとなっている。


 ゲインが射撃を行うのは準決勝の一番最後なので出番までは三十分近い時間があったが、本番前にエアガンの試し撃ちをやる段取りとなっているので十五分後にはゲインに搭乗し広場で待機するよう指示が来ていた。

 十五分もあれば合間の休憩時間としては充分だろう。

 アイガとリィは機体から降りて会員たちと一回戦突破を喜び合い、他校の試合観戦へと洒落込んだ。


 『射的』のルールは先に述べた通り、四枚の的を撃ちその得点を競うというもので、各チームの持ち時間は五分。五分以内に全ての的を撃てなければ撃ち損ねた分は無得点となる。

 『射的』のゲームフィールドはボコ広場の中央部。

幅十二メートルある大きな溝の両側で、溝の対岸――溝の淵から六メートルほど離れた位置に十メートル間隔で設置された四枚の的を対岸から狙い撃っていく。

 的は中心から赤、白、青と色分けされており、中心の赤が六十点、白が四十点、青が三十点だ。

 両者同点だった場合は四枚の全ての的撃ち抜くまでの時間で優劣をつけることになっている。

 つまり如何に素早く的確に的を狙い打っていくのかがこの競技のポイントなのだ。


 操縦者の集中を妨げぬようギャラリー達が口をつむぐ中、競技に臨むロボットたちはどれも左腕をだらんと下げたまま、エアガンを持つ右腕を的に向かって真っ直ぐに伸ばし、じっくりと狙いを定めてからペイント弾を発射していく。


 ポンと鼓を打つような発射音とともに銃口から撃ち出されるペイント弾は緑色の塗料を特殊皮膜で包み込んだ物でゴルフボールほどの大きさがある。これが的に当たると皮膜が破れ直径十五センチの真円を描き込む。

 この円を描く緑色の塗料は特殊なカラーインクでできており、着弾直後から揮発を始め一分ほどで綺麗サッパリ掻き消えるという仕組みだ。


 ロボットがエアガンを構えトリガーを引くまでは会場中が静まり返り、銃口から放たれたペイント弾が的に円模様を描くたびに拍手と歓声、もしくは溜息と収得した得点に応じた反応が沸き起こった。

 先の陣取りゲームとは違いこのゲームにはオリンピック競技のようなどこか厳かな雰囲気があった。


 ペイント弾はサッカーのフリーキック程度の速度で飛んでいくので人の目でも充分追うことができる。

 弾速が遅いために時折、海から吹く風に流され左にカーブしていくこともあったが、それがまた勝敗の行方を不透明にし、競技を盛り上げるスパイスとなった。


                  ◆


 順位決定戦が終盤に差し掛かった所でアイガたちはゲインに乗り込みボコ広場へ向かった。

 係員から指定された待機には中型アームリフトが停車しており、この車体に視界を塞がれ他のチームの競技風景がまるで見えなかった。


 溝を挟んで的と対峙するロボットの後ろ――広場の方では係員たちが陣取りゲームで使用した柱の後片付けが行われている。

 この作業風景がゲインの待機場所からよく見えた。


 柱の収納は自動化されているようで、作業員が柱の根元のスイッチに手を触れると、パシュン! と空気の抜けるよな音がして八メートルあった柱が一メートルくらいに縮んでいく。それを三人がかりで分解し、固定バンドで一まとめにした柱の束を小型アームリフトで運んでいく。


 手慣れた作業員たちの働きで柱の数はみるみると減っていき、残り六本となった辺りで準決勝開始のアナウンスが流れた。


 準決勝一番手のアクセルがエアガン片手に登場すると一際大きな歓声が巻き起こる。優勝候補としてかなりの人気を獲得しているようだ。


 準決勝が始まると係員からエアガンの試射に向かうように指示が出た。

 試し打ち用の的は一枚しかなく三番目に射撃を行うエレクトリカが使用中のため、数分の順番待ちだ。

 待つ間にアクセルの試合を観戦しようとしたが、こちらの待機場所の前には中型アームリフトが停車しており、それがゲインからの視界を塞いでしまっていた。


「何コレ、アクセル見えないじゃん! アイガ君はどう?」

「中腕の脚しか見えねえてないよ」


 リィが不満を漏らし、アイガも溜息混じりにつぶやいた。なお、『中腕』とは中型アームリフトを指す現場用語である。


「も~ホントに、何でこんなトコにアームリフト停めてるんだろね~?」

「そりゃ、大会の最中にアクシデントで動けなくなったロボを運び出すためだろ? まあ、見えないモンは仕方無い。実際、覚先輩が何点叩き出そうがこっちに関係無いコトだしな」

「も~アイガ君、こういう大会は他チームの観戦も醍醐味なんだよ」


 リィがクルクルとゲンコツを振り上げながら叫ぶ。この少女の悲痛な訴えにも人の乗っていないアームリフトには馬耳東風だ。

 そんなリィを煽るように会場から悲鳴のような歓声が聞こえてきた。


「何? 何かアクシデント?」

『風っす』


 試合の進行が分からぬリィたちに東から通信が入った。


『急に風が強くなってそのせいで撃った弾がガクンって感じに曲がっていって』

「覚先輩が外したのか?」

『外したっても大外に当たってくれたみたいっすけどね。かろうじて。何にせよ、嫌な感じの風っすよ』


 不安を感じて東の声が徐々にしぼんでいく。それに煽られアイガの頭の中に嫌な予感が蔓延し始めた。

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