第44話

 準決勝が始まり、エアガンを手にしたスカイブルーの機体が登場すると会場内のボルテージが跳ね上がった。


 日の光を外装で反射しながらアクセルは的に向き合うと、他のロボットと同じように左腕はダラリと降ろしたまま、エアガンを持つ右腕を真正面に伸ばし狙いをつけた。


 茅盛ロボット研究部がアクセルに施した『射的』対策はシンプルな物であった。


 腕部操縦席の前に十字マークを彫りこんだ二十センチ四方の透明なアクリル板を取り付ける。ただそれだけ。

 アクリル板の見た目は戦闘機に使用されているハイテク照準器のようだがデジタル映像が映し出されたりはしない。本当に単なるアクリル板である。

 アクセルの腕を動かす笹原にはそれで十分だった。


 エアガンを持つアクセルの右腕は一直線に前へと伸ばし、左腕は操縦席の前に手の平が来るように胸の前で折り曲げる。

 このピンと指を伸ばしたアクセルの左手の平をアクリル板の照準器の補正に使うのだ。

 笹原は右手、海側から吹く風を顔に感じながら左手の平と照準器の間に的を見据え、エアガンを持つ右腕の位置を微調整していく。

 一風変わったやり方で照準を定めると笹原は操縦桿先端のトリガーを引いた。

 会場が静まり返る中、ポンと放たれた一発目が山なりのカーブを描いて的の中央部分に命中。赤い丸の真ん中に緑の円が咲き、『六十点』というアナウンスとともに液晶掲示板に得点が表示された。

 前回優勝校の機体が見せる貫禄にギャラリー達が大いに沸いた。


 アクセルが二枚目の的の前に移動。

 笹原は先ほどの声援にニヤつくこともなく操縦桿を繊細に動かして狙いをつけるとトリガーを引きとエアガンから二発目を発射。

 サッカーのフリーキックのように弧を描き的へ飛ぶ最中、ペイント弾が赤い円模様に当たろうかという寸前に風が音を立てた。

 風を受けた弾丸は沈み込むような急カーブを描いて着弾。的の外縁である青い部分と外側との境目に緑の円マークを刻みつけた。

 ギャラリーが悲鳴のような声を上げたのはこの時である。

 この二発目は、円マークの八割以上が的の青い部分に入っていたので得点として認められ三十点の加算となった。


 風が強まること警戒したのかアクセルは射撃のペースを速めて残る二枚の的を打ち抜き、三分と掛からず競技を終了させた。

 合計点数は二百十点。風の影響を受けた二枚目以外の的でキッチリど真ん中六十点を獲得し、ギャラリーを大いに楽しませると、王者の威厳を示したスカイブルーの機体は自陣の簡易テントへと戻っていった。


『――と、以上がアクセルの試合内容っすね。二発目外れた時は向こうも驚いたみたいっすけど、その後連続で真ん中当ててったのは流石――って言うか、由良っちコレウチらもヤバくないっすか? 何だか風が強くなる頻度が増しているっていうか』

「そこはいま気にしても仕方ない。相手も同じ条件だろうしな」

「何だか、他のチームも混乱しているようだよ」


 リィは体を捻り斜面の上に並ぶ簡易テントを見た。テントは強風を受け流せるような作りとなっているため微動だにしていないが、その下にいる学生たちは無線機にがなり立てていたり、顔を突き合わせて何かを言い争っていたりと慌てふためいているのがよく分かった。

 早々に競技を終わらせたチーム以外はどこも急な突風にどう対処するのか頭を悩ませているようだ。

 風の影響をここまで受けるとは誰一人として予想していなかった。風を読み狙いを精確に修正するなど、よほどの熟練者でなければ無理だろう。


 準決勝第一試合、二番目に競技を行ったブラスターバトンもこの風に悩まされ百三十点でゲームを終了。

 アクセルが決勝進出を決めると同時に準決勝第二試合が開始された。


 最初に『射的』を行うエレクトリカがエアガンを持ちゲームフィールドへ、ゲインは試射用の的の前へとそれぞれ移動する。


 幅十二メートルの溝を挟んだ対岸に本番と同じ衝立てに描かれた赤、白、青、三色の丸い的がある。

 溝のそばには陣取りゲームの柱を利用して作られた即席のガンラックが設置され、

 ガバメントをモデルにした銃身一メートルはあるロボット用の黒いエアガンが二丁並んでいた。

 エアガンにはペイント弾が九発装填されており、その内の四発が本番用で後の五発が試射用となっている。


 リィはゲインの右腕を操作してその片方を抜き取ると、打ち合わせた通りゲインの人差し指を銃身に沿わせて前に向けた。

 ゲインの右手人差し指には携帯端末から取った小型カメラが、腕部操縦席にはそのカメラ映像を受信するためのタブレット端末が取り付けてある。

 いずれも大会が始まる前に巽たちが取り付けておいた射撃用の装備だ。


 エアガンの準備ができたというリィの声で、アイガはゲインを溝の淵まで移動させた。

 溝には海水が入り込んでいてまるで河のようだった。実際、ここを初めて訪れたアイガはこれを河だと思い込んでいた。

 その河の水面はアイガのディスプレイからも良く見えた。

 水の深さは二メートルくらいだろうか。水の透明度は高く、水面から見える河底は自転車や車のホイールなど不法投棄された粗大ゴミが目立つものの、そのゴミの間を無数の小魚が泳ぎ回っており、綺麗なのか汚いのかアイガには判断の下せない環境を紡ぎだしていた。


 リィはタブレットを操作し、突貫作業で風根たちが作ってくれた照準アプリを起動。

 画面中央に現れたゲームのような十字マークを的の真ん中に合わせて操縦桿のトリガーを押し込むとゲインの中指がエアガンの引き金を引き、ポンという発射音とともにペイント弾が打ち出された。

 銃を撃つ反動は操縦桿まで伝わらず、そこがやや味気ない。


 的の中央を狙って放たれたペイント弾は風に流され左の方へと曲がっていき、大外である青い部分に命中する。


 リィが人差し指でタブレット画面に映る命中個所に触れるとそこに二重丸が表示された。

 着弾を示すこのマークは人差し指のカメラの動きに連動するようになっている。

 リィはこの着弾マークを的の中央に合わせて二発目を発射。今度は少し右側に命中した。風の強さが安定していないのは明らかだ。


「むぅ~」とリィは不満そうに頬を膨らませた。「全然っ駄目だぁ」

「必中にこだわらない方が良さそうだな。風なんて読めるモノじゃない」


 頭部装着型ディスプレイに的の様子は映っているので、相方が何に苦戦しているのかはアイガにも良く分かっていた。しかし脚部操縦席は密閉されているので風がどの程度の強さなのか分からない。そして射撃は専門外だ。

 この競技でアイガのできることは無いに等しかった。


「試射は五発までだったな。残りの三発は中央付近に集弾させることを考えよう。運が良ければ真ん中に当たる」

「なるほど。着弾した箇所の真ん中に照準を合わせていくと……。でもリィそこまで運は良くないんだよね。アイガ君は?」

「俺はどうかな? ギャンブルなんてやったことないし。サッカーチップスでもサイン入りのレア四枚引いたことがあるけど、凄いのかどうかよく分からん」

「凄いんじゃないかなぁ」


 リィはアイガの運が良いのかどうかを考えながら、アドバイスに従い試射を再開した。

 一発目から四発目までの着弾箇所にマークを付けて、それらのマークで囲んだ位置に的の真ん中の赤い部分を捉えて五発目を発射。

 試射最後の一発は狙った通り的の真ん中に命中。コックピットブロック内の二人がそろって「おお!」と声を上げた。


 試し撃ちが終わるのを待ってくれていたのか、『時間です!』と係員がゲインの出番を告げた。

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