第2話
「こら、リィ。そんな所で突っ立っているんじゃない!」
中型アームリフト『キリン』に見とれていたリィを我に返したのは、プレハブ小屋から出てきた女性の声であった。
ヘルメットをかぶり左腕に人事監督官を示す腕章を巻いた作業服姿の女性。リィの母親の鈴那莉奈だ。
母親に気付いたリィが照れ笑いをみせ、そんな娘の姿に莉奈は腰に手を当てて深い溜め息とともに首をうな垂れさせた。
「つくづく……私がこんな仕事してるせいか二人揃って妙なモンに興味持つようになっちまったなぁ……」
「エヘヘ」リィは頭をポリポリと掻きながら話を逸らすように『キリン』の方へと向き直った。「やっぱベテランって凄いなぁ」
「ああ、あのキリンか」
母娘そろって中型アームリフトへ目を向ける。
「二号機の担当はアイガだったな」
「アイガ? ガンさんじゃなくて?」
「四日ほど前に流れて来てな。『腕』を転がせると言うからやらせてみたら、本当に上手かった」
「流れて? 流れの職人さんってこと?」
リィの頭の中に捻り鉢巻を巻いた白髪角刈りの頑固親父が浮かび上がった。これがこの少女のベテラン像だ。
「確かにベテランって感じ!」
リィは三メートル上にある中型アームリフトの操縦席を見上げた。操縦席の窓ガラスに夕刻間近の陽光が反射しており、そのため中にいるであろう頑固親父の姿は見えなかった。
「そんなことよりリィ、結果はどうだったんだ? ――まぁ、わざわざここに来たくらいなんだし、予想はつくが」
「ヘヘヘ、控えおろう~~」
リィはパスケースからカードを一枚取り出すと、満面の笑みでそれを頭上に掲げてクルリと一回転してみせた。
「合格したよ。小型アームリフト操縦資格証」
「おめでとう。これであと十二時間リフト操作の実績を積めば中型操縦資格にランクアップだ」
「当然、狙っちゃうよ」
リィがガッツポーズで意気込みを語る。
中型アームリフトがモーター音を鳴らして左腕を振り上げたのはその時だった。
そのまま肩を軸に腕を背後へ回し、そこに積み上げられていた鉄骨を一本つかみ上げると、先ほどと同様の巧みな重心移動で鉄骨を三階で待つ小型アームリフトへ受け渡す。
鉄骨を受け取った小型アームリフトはそれを定位置へはめ込むと待機していた作業員達がパワーツールで結合ユニットを打ち込んでいく。無駄のない流れるような連携作業だが、
「おおおっ!」 と、リィが驚いたのはやはり中型アームリフトの動きであった。
操縦資格を習得したリィには中型機の操縦がいかに巧みか理解することができた。
アームリフトは腕は勿論、複数本ある脚も搭乗者が操縦しなければならない。腕と四本の脚の同時操作――どういった手順で行うのかはリィにも想像することができたが、それを自分が行っても一手ごとにの手順を確認しながらのぎこちない動きになるだろう。
あのように無駄なく操縦できるようになるまで何年かかるか見当もつかない。
そもそも自分の考える操作手順が正しいのかも怪しいところだ。
まさに見事としか言いようの無い職人芸。
見事と言えば迷いの無い動きで、寸分違わず鉄骨の中央を握りしめたのも見事だった。
りぃは尊敬の眼差しを三メートル上にある操縦席に向けるが、やはり反射する陽の光で搭乗者の姿は見えなかった。
「ったく、またやりやがった」
尊敬の眼差しを向ける娘の隣で莉奈が苦虫をかみ殺したように『キリン』を睨みつけると、腰のレシーバーを手に取り怒鳴り声を上げた。
「コラァッ! いつも言ってんだろアイガっ! 横着すんじゃねぇ!」
『……っと、すいません!』
母親の叱責に中型アームリフトのスピーカーから謝罪の言葉が返ってくる。その声がガンコオヤジには程遠い少年の声だったことにリィは目を丸くした。
「へ? 何? お母さん何があったの?」
「ん? ああ、あの『キリン』の向きを見てみろ。建物の方を向いているだろう? あの向きだと操縦席から後ろの鉄骨は見えないんだ。なのにアイツは感覚だけで腕を動かしやがった。まあ、上の作業員たちから周りに人がいないことは確認してもらってんだろうけど。ったく事故を起してからじゃ遅いんだっての」
リィは中型アームリフトの操縦席に目を向けた。四角い操縦席は正面と左右に強化ガラスがはめ込まれており、背面部分は出入りするためのハッチとなっている。
なので操縦席のシートから窓を開けて身を乗り出すか、アームリフト全体を旋回させて後ろを向かない限り、操縦席から背後の様子は分からないし、確認のしようがない。
公道を走ることの無いアームリフトにバックミラーの類は取り付けられていない。
「つまり……後ろが見えないのに後ろの鉄骨を持ち上げたってこと?」
「だからそう言っているだろ。一応、『キリン』の操縦席には足元を確認するためのモニターがあるが、あれも後ろは映らん」
「見えても無いのに鉄骨の真ん中を正確につかんで?」
「ああ、そうだ。奴なら目隠ししていてもキッチリ同じ動作をやってのけるだろうな。あの年であの技量……。六年やってるってのも冗談じゃないのかも。そのせいで時々横着かますのが癖になってやがるが――」
ぼやく莉奈の眼の前で中型アームリフトが今度は機体の向きを変えて鉄骨を持ち上げた。
申し訳程度の機体の動きに莉奈は軽く頭を振りながら深い溜め息をついた。
ここで彼女の腕時計のアラームが鳴った。
莉奈は機械じみた動作で時刻を確認し、持っていたレシーバーに向けて声を張り上げた。
「よぉし! 時間だ、アイガは上がれ。いつも通り
手持ちのレシーバーに向けた指示が現場に設置されたスピーカーで拡散されていく。それを受けて人が動いていくのがリィの場所からも確認できた。
眼の前の中型アームリフトも指示に従い、モーターを唸らせながら膝をおり車体を沈みこませる。
動作が止まると高さ三メートルにある操縦席のハッチが開き、中から小柄な人影現れて梯子を降りはじめた。
想像していた頑固親父からかけ離れたその姿――黒いボサボサ頭の日に焼けた少年の姿にリィは目を丸くした。
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