第41話

 ゲインがスタートすると同時にリィも操縦桿を操作して右腕を機体の胸元へもっていく。

 アイガもダブルモーターの回転数を落とし、ゲインの歩幅を大股で飛び出した一歩目の半分まで歩幅を狭めて機体を前に進ませた。

 操縦桿から伝わるダブルモーターの手応えは期待通りだ。アイガはリズミカルに操縦桿を動かしスタートラインから最初の柱まで八歩で辿り着いた。


 一ポイント目のハンドルスイッチは高さ七メートルの位置にあった。あらかじめ伸ばしておいたゲインの右腕のさらに三十センチほど高い位置だ。

 ハンドルの高さに右腕を上げていたつもりだったが誤差があった。

 リィは首を上げスイッチを見上げながら右の操縦桿をゆっくりと押し上げ、ゲインの右手でハンドルを鷲掴みにし、手首を回転させてスイッチをオンにするため操縦桿先端のボタンを押し込んだ。

 柱の天辺にあるLEDが点灯するまでゲインの手首を五回転させる必要があった。時間にして約十五秒。

 ロボットの手首の回転速度には機体ごとの差があると巽は以前言っていた。

 ファンシーラビットはどうだろうか?


「オッケイっ!」


 と、リィがゲインがハンドルから手を離したという合図を送ってきた。

 脚部操縦者から機体の両腕は見えないので、逐一こういった合図を出すことが腕部操縦者の役割の一つとなっている。

 アイガは操縦桿を大きく前後に二度動かし、ゲインを大股で今度は二歩進ませながら対戦相手へ視線を向けてみるが、すみれ色の兎は柱の影に隠れてしまっていた。

 少しリードされている。

 機体の手首を回転させる速度はあちらがやや上か? それとも別の要素だろうか?


 アイガは巽にファンシーラビットの何が勝っていたのかを聞こうとして――すぐに思い直した。

 リィに相手の勝っている所をわざわざ知らせることも無いだろう。余計な知識がプレッシャーとなりミスにつながりかねない。

 そう考えたところで『かきくけか』テント内の東から通信が入った。


『リィちゃん、由良っち、一本目は相手の方がわずかにリード。どうやら、あちらさんの方がスイッチを入れる速度がコンマ四秒ほど上のようっす』


 東が手にしたタブレットPCの映像を見ながら早口で報告する。映像は大会運営の撮影し、場内モニターで流している両機のポイント獲得時のダイジェストだ。

 ハンドルスイッチを回す時手首が大きくズームされる。その映像を素早く検証したらしい。サポートとして実に有能といえる行動力だろう。

 その行動力にアチャ~とアイガは頭を抱えたくなった。


「へ? アズミン、それって本当なの?」


 心配した通りリィが動揺を露にする。

 初めて行う屋外での操縦、初めての大会、注がれる大量の視線。気楽そうに振舞っていた彼女だが、やはりそれなりのプレッシャーを感じていたようだ。

 アイガは即座に声をかけた。


「別に心配するようなことじゃない。最初に俺が言っただろう。本領発揮は三本目からだって。こっちはまだ切り札を温存しているんだ」

「あ、そっか……! そうだったね!」


 即座に投げかけられたアイガの言葉にリィは試合前のやり取りを思い出し声を落ち着かせる。

 相方のホッとした声にひとまず安心し、アイガは頭の中でこの試合のゲームプランを描き直した。


 先に行われた三試合。

 第一試合を制したのは七本の柱を点灯させたアクセル。第二、第三試合は六本てんとうさせた機体が勝利している。

 つまり勝つためには最低六本。もし七本の柱を点灯させることができればその時点で勝ちが確定するとデータは語っているわけだ。


 試合時間は五分。三百秒で七本の柱を点灯するとなると一本の所要時間は約四十秒。

 ネックとなるのがスイッチを掴んでからLEDが点灯するまでの十五秒という時間だろう。こればかりはアイガの技量をもってしてもどうにもならない要素だ。

 機体の性能によるところがあるとはいえ十数秒間、手首を何回転もさせる時間は無駄としか思えない。


 しかしこれは仕様であり、大会運営側による仕掛けと見るべきだろう。


 狙いは操縦者を焦らしてミスを誘発することだ。

 急いでいる時に電車が遅れて必要以上にイライラしたりと、人は自分ではどうすることもできない時間に殊更焦りを覚えるものだ。焦ったところで電車が速くなるわけでもないというのに。


 実際、この仕掛けは効果的に作用していると言って良いだろう。

 ここまでの三試合、七本の柱を点灯させて勝利したのが笹原のアクセルだけで他の二試合は六本止まり。

 自分の操縦技術にわずかでも不安を感じている者は大会側の狙い通り何度かミスを繰り返し、そのためゲーム内容も接戦となり観客席は盛り上がっている。


 この仕掛け、操縦に自信を持つアイガに意味はなさないが、腕を操縦しているリィには効く可能性が高い。

 アイガは連日の特訓に付き合い、お気楽な状態なら難なくこなせる操作もプレッシャーがかかると途端に固くなってしまうメンタル面での弱さが彼女にあることを把握していた。

 ここで下手にミスをすると次の試合にまで引きずりかねない。


 アイガは今更ながらこの陣取りゲームに仕掛けられたいやらしさに気がついた。

 ならばどうするか? アイガにできることはスイッチをオンにする以外の行動時間をできる限り短縮することだけだった。

 そしてその方法はすでに講じてある。

 アイガはディスプレイの中央に二本目の柱のハンドルスイッチを見据えると、柱に到着する寸前に操縦桿を小刻みに動かしてゲインの歩幅を数センチ単位で細かく刻みこんだ。


 柱の前でゲインが脚を止めるとリィはスイッチをオンにするべく愛機の右腕を下へと微調整を行った。

 今度は伸ばしていたゲインの腕より三センチ下にスイッチがあった。


「あ~惜しい……」


 そう小さくつぶやきながら親指で操縦桿の先端にあるボタンを押す。

 押し込む寸前――アレ? と、とある疑問がリィの胸中に浮かび上がった。

 ゲインの右腕と柱に取り付けてあるハンドルスイッチの位置関係についての疑問だ。

 しかしその疑問の答えを得るには次の柱に向かわねばならない。

 リィはグルグルと回転する愛機の右手を眺めながらもどかしそうに唇を尖らせた。


 十五秒後に二本目の柱の天辺に灯りを点すとアイガはゲインを三本目の柱へ進ませる。

 途中、ファンシーラビットが一秒までリードを拡げたという東からの通信があった。

 アイガはそれを気に留めることなく、二本目の柱の時のように三本目の柱到着直前に操縦桿を小刻みに動かして歩幅を調節しながらゲインの脚を止めた。


「やっぱりだ……」


 疑問のに対する答えが出た。

 三本目の柱にのハンドルスイッチは高さ七.六メートルの位置に取り付けられている。伸ばしておいたゲインの右腕とのズレは真上に五センチほどだ。

 予想した通りの答えを前にリィは息を呑んだ。

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