第51話
『ラウンドスリー、ファイッ!』
何の突破口も見つからぬ内に、無情なアナウンスが鳴り響いた。
二本続けてアクセルが取ったことでやはり今回もアクセルかと、去年の大会を知る観客や学生たちの中から試合展開に興味を無くす者も現れ始めた。
そんなボルテージの落ちた声援の中で二機のロボットが動いた。
考えのまとまらぬ中、アイガはアクセルからつかず離れずの距離を保とうとゲインを左へ移動させた。
操縦桿を動かしながら必死に脳をフル回転させる。
どうする? いや、どうするも何もこちらの選択肢は限られている。
なら、ドラミングパンチを繰り出すか? 駄目だ。一本取り返せるかも知れないが、それでは足りない。繰り出すのはまだ早い。
ドラミングパンチの前に一本確実に返しておくことが重要だ。
そのためには二本目同様、相手の動きの隙を突き覚先輩の死角へ潜り込むしかない。
「よし……、動き回る! 巽先輩、三本目が終わるまでの時間を測ってください!」
アイガはヘッドセットに呼び掛けるとゲインの腰を落として相手との間合いを詰めはじめた。
追い込まれたこの三本目、アイガは脚を使い動き続けることを選択した。
この一本を取り返すことに所要した時間――つまり脚を動かし続けた時間で残る四本目と五本目の作戦を考える必要があったからだ。
そしてもう一つ。口には出さなかったが、もしこの三本目に五分以上費やした場合、最後まで戦いきることは不可能だとも考えていた。
時間をかければかけるほど、ゲインの棄権が現実味を帯びてくる。この綱渡りの状況で三本目を取るための道筋はいまだに見えてはいない。
それを見つけようとアイガは腰を落としたゲインを左右に動かし相手に揺さ振りをかけ始めた。
◆
「腰を落としたままでここまで動き回れるのかよ」
頭部装着型ディスプレイに映るゲインの動きに安永は感動していた。感動していた所にゲインが距離を詰めてきたのでアクセルを素早く後退させる。
「回り込むつもりか? さっきは見事にしてやられちまったが……」
ゲインが右へと移動するのを目で追いながら、その動き絵を捉えやすくするために安永はアクセルを更に半歩後退させた。
しかし、よく動く。
安永の眼前で先ほどと同じようにフェイントをかけようとゲインが左右に動き回る。
踊るようにステップを踏む相手ロボットの動きに、安永は羨望の眼差しを向けた。
こんな無茶な動きを要求されてなお歪んだ右脚の関節は踏ん張っている。
本当、たいしたロボットを創り上げたものだと、安永は幼馴染に称賛を送った。
「次も突っ込んでくるでしょうね」腕部操縦席の笹原が声をかけてきた。「こちらの死角に入り込むことが由良君の狙いですから」
「死角か。そりゃ、正面切ってお前と殴り合おうって奴はいないわな。つっても向こうの腕が届くならこちらの腕の届くだろう?」
「由良君が隠したいのは機体の位置ではなく、腕の動きでしょうね。逆に向こうはこちらの腕が丸見えのままですから」
笹原はゲインが潜り込んできたらパンチを打ち下ろせるように、アクセルの両腕を下げた位置で構えなおした。
「こっちも同じように腰を落とせりゃあ楽だったか」
プログラム制御のアクセルではゲインのような『腰を落とす』という動きは出来ないようになっている。中腰になろうとヒザを曲げるだけで転倒を防止しようとするオートバランサーがロックをかけてしまうからだ。
仮に腰を落としても脚部のモーターのパワーが足りないために、今度は立ち上がることができずに尻餅をついて背中からひっくり返ってしまうだろう。
これはアクセルだけに限らず他のロボットも同様だ。
「いや、ヤスさんそれも一長一短かと。腰を落とし過ぎると咄嗟の動きが鈍くなる。由良君ですらどうしようもなかった」
「ルーキー君も魔法までは使えねぇか」
「とは言ってもあの脚力が脅威なのは変わりませんよ。由良君だって同じことを繰り返したりはしないはず。何かしらの変化は入れてくるでしょう」
「変化と言っても何ができる?]
「考えられるのはフェイントをかけつつ、こちらの真横もしくは真後ろに回り込もうとする――といった所ですか」
笹原の読みに安永も同意する。
確かに現状取れるであろう手段は多くない。
左右にフェイントをかけつつ一気に死角へと潜り込む。二本目で見せたゲインの動きは見事としか言いようのない物だった。あれ以上のことが現時点で行えるとはとても思えなかった。
何かしらこちらを撹乱するためのギミックでも仕込んで入れば話は別だろうが、そういった物を使用することは大会のルールで禁じられている。
現状で取れる手段は笹原の見立てくらいだと二人は目星をつけた。
そしてこの読みは間違ってはいなかった。
◆
結局の所、二本目のようにフェイントをかけながら死角に潜り込むしか打つ手は無い。
だが同じことを繰り返すだけでは駄目だ。
腰を深く落とし込むとゲインの機動力が犠牲となる。それに脚部操縦者の目も残っている。
アクセルを欺くには何かプラスアルファが必要だ。
その『アルファ』を見つけようとアイガは三本目開始と同時にゲインを動かし続けてきた。
しかし成果は上がらず内心の焦りだけが肥大していく。
焦れながらもゲインの操作を違えないのは体に染みついた経験の賜物だろう。
しかし、操作にミスが無くともゲインの右ヒザに抱えた爆弾の導火線は短くなってきている。
三本目開始から何分経過しただろうか。
数十秒前からゲインの右ヒザを動かすと砂を噛むようなザラついた感触が操縦桿に纏わりつき始めた。
限界は考えているよりも早いかもしれない。
アイガはディスプレイ越しにスカイブルーのボディを睨み付けた。自分の焦りをぶつけるかのように。
アクセルはこちらの動きを把握しやすくするため一定の距離をキープし続けている。
向こうから何かを仕掛けてくれればプラアルファスが見つかるかも知れないが、向こうに決着を慌てる必要は無く、待ちに徹するつもりのようだ。
見方を変えれば、このアクセルの動きは下手に仕掛けていなされることを警戒しているからこそであり、ゲインの脚力とアイガの技術を脅威とみなしていることの証左でもあるわけだが。
焦れたアイガはゲインを一歩前に踏み込ませ、即座に右へステップ踏ませるも、アクセルは慌てた風もなく一歩後退してみせる。
三本目開始から何度もやって来た駆け引きに変化は無く、アイガは同じ映像を繰り返し見せられている気分になってきた。
どうする? 口の中で悪態を吐きアイガはディスプレイに映るアクセルをもう一度凝視した。
つかず離れずの距離を保つスカイブルーの機体に変わりはない。が――
それに気づいてアイガは息を呑んだ。
使える『アルファ』がそこに転がっていた。
ゲインの腕部操縦席ではリィがアイガの求めるプラスアルファを探し出そうと躍起になっていた。
海風は変わらず強い。そのくせこのリング内には何も運んで来てくれない。
何でも良いからリング内に飛んで来ればアイガ君が何とかしてくれるかもしれないのに――と、リィは渋柿に噛り付いたように顔をしかませた。
その彼女のヘッドセットにアイガから通信が入ってきた。相手に聞こえること警戒したような押し殺した声でただ一言。
「次、仕掛けに行くぞ」
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