エピローグ 機械仕掛けの二本の腕と黄金の両脚に

第57話

第二十三回ロボカップ最終結果


 優勝『白瀬大学 関節機構駆動研究会』

 準優勝『茅盛ユニバーサルカレッジ ロボット研究部』


 設けられた大会MVPの受賞は以下の通りである。


 最優秀メカニック『白瀬大学 関節機構駆動研究会 ゲイン バージョン・ナイン


 最優秀腕部操縦者『茅盛ユニバーサルカレッジ ロボット研究部所属 笹原覚』


 最優秀脚部操縦者『白瀬大学 関節機構駆動研究会所属 由良アイガ』


 またMVPとは別に優勝したロボットの操縦者二人には、透明の文鎮のような小さなトロフィーが、『かきくけか』の全メンバーには直径五センチほどの記念メダルが贈られた。


 表彰式の後、優勝トロフィーを抱えた巽を中心に、メカニック賞の盾を持った風根、MVPトロフィーを手にしたアイガとペアトロフィーを持ったリィ、この四人を囲むように『かきくけか』のメンバーが集まり、「せーのっ!」でトロフィーを頭上に掲げる彼らの歓喜の姿で祭典は終わりを告げた。

 大会から三日後、この光景を締めにした第二十三回ロボカップダイジェストが配信。

 優勝祝賀会が行われたのはその翌日のことであった。


 祝賀会場となった大学近くのコモンバーは店内の隅々まで見通せるほど照明が明るく調整されており、L字型のカウンターの前に並べられた大きな丸テーブルの前には早くから『かきくけか』会員たちが集まり乾杯前から盛り上がりを見せ始めていた。

 皆、見慣れたツナギ姿ではなく思い思いのカジュアルな格好だ。

 アイガもニッカポッカではなく履き古したジーンズ姿である。


 祝勝会の開始時刻はアイガたち高校生会員に配慮して十八時。

 時刻を迎えテーブルの上にショットグラスが並べられると、「さあ、行ってみようか」と巽がボトルを手に酒を注ぎ始めた。

 一杯目となるのは長らく会室の金庫に保管されていた高級酒である。その封を解き酒を注いで回る巽は楽しそうだったが、注がれた会員は皆例外無く顔を強張らせた。

『四十年(前に購入された)物』なので当然の反応だろう。


「本当に大丈夫なんですか……?」


 アイガが訝し気にグラスに顔を近づける。彼ら高校生組はこれを口にすることは無いが本当に飲んでも大丈夫なのかは気になる所だ。

 小さなグラスに注がれた琥珀色の液体には曇りも不純物も見当たらない。微かに漂う香りも良く、傷んでいるようには思えなかった。


「砂漠に野ざらしにしていたのならともかく、暗い金庫の中に保管していたのなら四十年くらい大丈夫とのことですよ。瓶も封も改良されているので」


 ウィスキーの注がれたグラスを持ち店の照明に透かしながら各務が静かに言った。


「頭じゃ分かっていてもねぇ……」

「ったく、せっかくの祝杯が何でこんなバツゲームみたいなノリになってんだよ」


 尻込みする華梨も、悪態じみたことを口走る風根もその表情は実に楽しそうだ。


「う~ん、ホッとしたような残念なような……、何とも言えない気分っすね」


 このやり取りをそばで見ていた東が言葉どおりの何とも言えぬ表情を作り上げた。

 未成年であるアイガ、リィ、東の高校生組はアルコールはご法度だ。『四十年物』を飲まなくて済む安心感と同時にこの祭りに参加できない寂しさも感じていた。


「うん、リィもちょっと飲んでみたかったかも」

「そんな高い酒とか自分で買うこと無さそうだもんな」

「それならこれを注文してみてはいかかです」


 各務がメニューを差し出してきた。勧めてきたのはノンアルコールのスパークリングワインだ。そこに表記された値段にリィが思わず声を上げた。


「頼んじゃって良いんですか?」

「構いませんとも。予算は管理会からふんだくってきていますから」


 すまし顔を崩すことのない各務が珍しく口元をフフンとつり上げてみせた。


「そういうことでしたら遠慮なく」


 アイガが即決し、後の二人もそれに乗っかた。すぐに淡い琥珀色のワインが半分ほど注がれた細長いシャンパングラスが三人分用意された。

 リィと東がグラスに顔を近づけて琥珀の中で生まれては消えていく細かい泡に目を輝かせた。


「それより大丈夫なのリィ? もうすぐ乾杯だよ?」


 花梨がそう言って巽の方を指さした。ちょうどメンバー全員に酒を注ぎ終えたところのようだ。ボトルはまだウィスキーが残っているようだが、一時間もせぬ内に空になることだろう。


「そういえば乾杯の音頭、リィちゃんやりたいって手上げてましたっけ。スピーチ考えてきたっすか?」

「考えたというより、決めてきたかな。『腕の歌』アイガ君は知ってるよね?」

「ああ、あれか」

「何すか?」

「現場なんかで景気づけに歌われる……、鼻歌みたいなモンだな」

「たまに耳にする奴ね。誰が作った歌なのかは不明なんだっけ」


 華梨が話に加わったところで料理が運ばれてきた。串焼きや揚げ物といった旨そうな料理に場が盛り上がる。


「それじゃ料理が冷めないよう手短に」


 壁に埋め込まれたモニターの前に巽が立つと皆が彼に注目し店内が静まり返った。巽は緊張を解すように咳払いを一つした。


「今回のロボカップでようやく一つの目標を果たすことができた。月並みな言い方だけれど、僕は皆の力で勝ち取れた優勝だと思ってる。僕の思い付きを形にするべく力を貸してくれた者。パーツ確保に奔走してくれた者。機体の調整に尽力してくれた者。そして大会でゲインを操縦してくれた者。今大会で皆が楽しめたのならこんなに嬉しいことはない。次の目標に向けてまた力を貸して欲しい」


 挨拶はこんなものかなと照れ臭そうに笑うと巽はショットグラスをつまみ上げた。


「は~い、では乾杯前にご唱和ください! 『腕の歌』!」


 巽に倣うように会員たち全員がグラスを手にするのを確認して、リィが元気よく手を挙げ歌い始めた。


 腕の歌――アームリフトが世に出始めた三十年以上前、何処からともなく、誰からともなく口ずさみ始めた陽気なテンポの歌である。

 作詞、作曲者ともに不明で、フルで歌うと五分ほどの長さがある。

 似たような歌詞の歌が海外でも歌われていることから、日本に来た技術者たちが酒の席などで披露した物が翻訳されて各地に広まっていったのだろうというのがこの歌の発祥の最も有力な説である。

 なお、歌う際には音程などは気にせず明るく大声で歌うのが良しとされている。

 リィは五分の中のサビの部分をアレンジして歌い上げた。


 いざ、陽気に歌え

 機械仕掛けの二本の腕よ

 鉄の林に響く槌の音よ

 固いシートに背中を預け

 油塗れのギアを回せ

 力漲る鋼のボディに乾杯

 機械仕掛けの二本の腕に――乾杯


「乾杯!」


 リィの明るい掛け声に皆が続き、グラスのかち合う音があちらこちらから聞こえてきた。

 ロボカップの映像が店のモニターに流され、皆がテーブルに並ぶ料理に舌鼓をうち始めると洒落た店内は談笑の空間となった。


「ガキの頃から何度か歌ったことはあったけど、こう改めて歌うとなると変に意識するな」


 アイガは疲れた顔でシャツの首元を揺すりパタパタと風を入れると、テーブルに並んだ肉料理を物色し始めた。旨そうな匂いと見た目で自然と頬が緩んでくる。

 そんなアイガの鼻先にリィがシャンパングラスを突き付けた。


「リィ、大切なこと付け加えるの忘れてたよ」

「は?」


 と、目を瞬かせるアイガにリィはニコリと微笑み歌いだした。


「機械仕掛けの二本の腕と、アイガ君が操る黄金の両足にも!」


 先ほどの歌の最後の部分を改変したものだ。無邪気な微笑を崩さないのはアイガにも歌えということなのだろう。

 自分で自分を褒め称えるというのは先ほどよりも遥かに気恥ずかしいものがあったが、にこやかなリィの顔を見ていると満更でもない気分も湧いてくる。


「機械仕掛けの二本の腕と、ゲインの黄金の両足に――乾杯だ」

「かんぱーい」


 少しアレンジした口上の後、一拍溜めて二人のグラスが涼し気な音を鳴り響かせた。

 そうしてゆっくりとワインを口に運んでいく。

 アイガが初めて口にするそれは心躍る味がした。

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