第27話
「今回の計画を簡潔に言うとゲインの足腰を鍛え直すということになる。脚部アクチュエーターのパワーアップだ。と言っても、モーターを新しくするわけじゃない。そんな予算は無いからね」
巽は自身のタブレットから会員たちのタブレットや携帯端末に計画書を送信して、まずそれを見るように促した。
端末を持っていないアイガはリィと一緒に華梨のタブレットを覗き込ませてもらう格好となった。
表示されている巽の制作した資料は実に解りやすい物であった。
今朝の時点でアイガは巽から直接、改造プランについての説明を受けて、ある程度のことは理解している。しかしそれが無くともこの計画書をざっと見ただけで巽のやろうとしていることはすぐ理解できただろう。
要点を上手くまとめた理解し易い理想的なプレゼン資料だった。
「名付けて『ダブルモーター』――って感じかな」
巽が資料の表示されたタブレットを軽く叩いてみせると、集まった会員たちから「そのまんまじゃないですか」と軽い笑いが起きた。
それが収まるのを一しきり待った後、巽は本題へと入った。
ゲインの脚部には左右合わせて計十台のモーターが取り付けられている。
足首に一台、膝に一台、股関節部には串団子のように三台のモーターが連なっている。
その内わけは、股を開くための脚全体を左右に動かすためのモーター、脚の向きを変えるためのモーター、脚全体を前後に動かすためのモーターだ。
この足を前後に動かす稼働個所と膝関節にもう一台モーターを取り付けて脚力を底上げするというのが巽の改造プラの骨子となる。
関節部分を挟みこむように二台のモーターを取り付ける。
言葉にすると単純だが、モーターを取り付けるためのフレーム加工が必須となる大改造だ。
一通り説明が終わり、巽が質問はと問いかけると会員たちが一斉に手を上げた。
「あのタツさん――コレ、試合中はオートバランサーを完全に停止するってことになりますよね?」
最初に指名した会員が、タブレットに表示された一文を指でなぞりながらどこか不安気な顔できいてきた。
「そのつもりだよ。由良君が望んでいるのはプログラムではなく、自らの手で機体バランスを制御することだからね。知っての通り、彼の能力はデータでも実証済み。オートバランサーには裏で走らせてデータ取りを手伝ってもらう」
会員たちの端末に送られた資料が巽の解説とともに切り替わった。それを見て皆がざわつき始める。
彼らの反応をみるに、どうやらアイガの能力を疑問視しているというよりも、ただオートバランサーという思い入れのある物を停止することに抵抗を感じているようだ。
「これってそれほど特別な物なんですか?」
「ゲインの二足歩行を成り立たせてきた屋台骨だからな。長年培ってきたデータに基くバランス制御プログラム。これをオフにして人の手でバランス制御を行なえるようにする――焼き鳥屋に例えりゃ、年月かけて熟成させた伝来のタレを捨てるようなモンで、そのくらい極端なことをやるとなれば皆あんな顔にもなるさ」
誰とはなしにつぶやいたアイガの疑問に妙な例えを添えて答えたのは風根だ。答えた後、楽し気にクククと喉を鳴らした。
二足歩行でのバランス調整――これはゲインのようなロボカップに出場する六メートル級のロボットに限らず、人型ロボットの製作では常についてまわる永遠の命題だ。
「歩くってのは重心を前に移動させ、その都度バランスを取るという動作の繰り返しだ。人間なら園児にもできるコレをロボットにやらせようとすると、とにかく色々難しい」
ロボットに歩行動作をさせること自体にはさしたる問題も無いが、脚を踏み出すたびにバランスを取るという部分が難関だった。
人型ロボット開発の黎明期、一・五メートルほどのそれを作るべくサワダのような大企業が歩行のメカニズムを解明するべくダンボール箱に脚をはやした、知らぬ人が見ればジョークのように見えるロボットを何体も制作して歩行のデータ収集にいそしんだという。
こういった大手企業の開発談話は当時の『かきくけか』の会員たちにも大いに参考となったことは言うまでもない。
さて、人間大の自立型二足歩行ロボットの開発を果たした企業は、その後のロボット事業をより現実的な路線へと舵を切り替えていく。
巨大ロボットというロマンを追うのではなく、ノウハウを人と社会に役立つロボット制作へと。そして、この時に培ったノウハウが紆余曲折を経てアームリフトという重機の誕生へと繋がっていくことになる。
対照的にロマンへと突き進んだのは巨大ロボットに夢を見た学生たちだった。
等身大の二足歩行ロボットを作り上げた彼らの次のチャレンジがより大きいサイズの二足歩行ロボットの制作というファンタジーなものへと切り替わったのは、何者にも縛られることのない学生らしい自由な――ある意味必然とも言ってよい流れなのだろう。
そのロマンへの道はまたも困難を極めた。
人間大のロボットに使用していたバランス制御プログラム『オートバランサー』を再度一から練り直さなければならなかったからだ。
オートバランサーとは、足を前に踏み出すごとに、状況――段差になっていたり、石などが落ちていたり、ぬかるんでいたり、突風が吹いたり――そういったことを胴体各部分に組み込んだセンサーが読み取り、用意されている膨大なデータの中から最適な姿勢の修正動作を行うというプログラムだ。
前につんのめりそうになったら後ろへどの程度体を傾ければ良いのかを数値化しているわけだが、これらのデータは全て一・五メートルほどの人間大のロボットのサイズに合わせた物であり、六メートルのロボットにそのまま使えるものではない。
パーツの大きさが三倍になったから数値を三倍にすれば良いという単純な話ではないからだ。
パーツが大きくなれば重さも増す。四肢の素材も強度のことを考慮しプラスチックから金属に変更しなければならない。
脚が長くなり重さも増せば前に踏み出す時にかかる機体全体への負荷も大きく様変わりする。
地球という惑星で二足歩行ロボットを作製する際に避けては通れぬ障害たちがこれまで以上に牙をむくのだ。
「重力と慣性。今も昔も俺らの敵の名前は変わっていない。歩こうとする機体を転倒させようとこいつらはいつも手ぐすね引いて待っている。脚を踏み降ろせばその脚をすくおうと床から反動が跳ね返ってくる。文字通り、足元をすくうって奴だな」
風根が巽の前に踏み出して声を響かせた。
「こいつらをねじ伏せるために先輩達が研鑽を重ね、データを蓄積し、六メートルのロボットを問題なく歩かせることが可能になった。先輩達には申し訳ないが俺らはここから異なるフィールドに踏み出すことになる。いや、道を踏み外すと言った方がしっくりくるか?」
軽い冗談で締めた風根の言葉だが会員達から笑いは起こらずむしろ静まり返った。
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