第29話
「――当然モーターを買い換える予算なんてうちには無いからね。だから有り物を使おうと思う。六年前まで使っていたというこいつをね」
巽の説明で会員たちの視線が彼の押してきた台車の上に集まった。
そこに鎮座している四基のモーターはいまゲインに使用している物よりもパワーが二割ほど劣る型落ち品だ。
ロボットのパワーを上げる大正解はより高性能なモーターへの換装である。それが叶わぬ場合の代案として巽の「ダブルモーター」は悪いアイディアだ。
しかし、ある意味苦肉の策ゆえのデメリットも目についてしまう。
会員一人が手を挙げて早速その内の一つをどう対処するのか訊いてきた。
「タツさん、モーター四つ増やすとなると八十キロほど重量も増えるわけですけど、これ足首への負担ハンパ無いですよね? 上半身、コクピットブロックだけでも八百キロはあるっていうのに、足首が機体の重みで歪みますよ。最悪、歩行不能だ」
「それに関しては八項目目だね。関節接続部の負担を減らすため、まず脚全体に緩衝剤の量を増やす。その上で衝撃を分散させるため足の裏にも同素材のサンダルを履かせようと思うんだ」
「会長が考案していた緩衝材ですね。マイクロバルーンを混ぜ込んだ特殊シリコンで脚を踏み降ろしたときの衝撃と反力を七パーセント和らげることができる」
「そう、四月ごろに散々吹聴していたソレだ。材料も到着している」
巽が会長となった時、必ず実現させようと力を入れていた計画がこの脚部関節に仕込む緩衝材である。
すでに述べた通りゲインの関節は、組み合わせた各部位に軸を通してつなぎとめるというシンプルな構造だ。
シンプルゆえに、通した軸の一定部分に機体の重みがかかり歪ませてしまうという問題点があった。
モーターの力を関節部に伝える軸が歪んでは関節は動かなくなる。
この対策として『かきくけか』では「チクワ」と呼ぶ直径六センチ、厚さ四ミリの金属パイプを関節部に通し、その穴の中にメインの軸を通し保護するという手法を行っている。
これは他のロボットも採用しているポピュラーな対策方法だ。
この関節の接続部をブロック化して緩衝材を詰め込むことで、メインシャフトを保護するチクワ全体に機体の重みや動作による負荷を分散させようというのが巽の計画である。
アイガが入会する前に決まっていた唯一のゲイン改良案だ。
一方からかかる力を無数のマイクロバルーンで多方向へ分散させることで脚部関節への負担を軽減。一割にも満たない軽減率だがそれでもほんの少し機体に無茶な動きをさせることが可能となる。
今まで無理だとされてきた動作の再現、そこからまた新たなアイディアが生まれるかもしれない。
それが巽のこの計画は未来を見据えた下準備。その第一歩だった。
それが突如湧いて出た脚力強化案の助けとなるとは。
予想すらしていなかった二つのピースが偶然ピタリとはまり込んだことに運命的な物を感じ巽の気分は上がる一方だ。
その上機嫌をおくびに出さぬよう務めながら巽は端末表示をゲインの外装図に切り替えた。
「あとできる軽量化案といえば外装のオミットかな。図の通り今回、上腕と太股の外装を無くそうと思う。これで十一キロ近くの減量だ。多少だけど予算の節約にもなるかな?」
「もう業者に全身分発注済みですよ」
巽のジョークを各務が一蹴し、少し笑いが起こった。
そんな中、巽の解説にアイガは首を捻った。
「んん? 軽くするなら外装は全部取っ払った方が良いんじゃないか? そりゃ見てくれはショボくなるだろうけど」
「あ、ソレは駄目だよアイガ君。外装を取り付ける理由はカッコ良さもあるけど、安全のためでもあるんだから」
アイガの疑問に隣のリィが即答してきた。
ロボットの寸胴なボディに胸や肩、腰回りなどに大きく出っ張った外装を取り付けるには意味がある。
その外装の張り出している部分に『衝撃吸収材』を取り付けるためだ――と。
「衝撃吸収材? なんか聞いたことがあるような……」
「交通安全動画じゃない? こう、二台の車がガーッと着てドン! ってやつ」
「ああ、それだ!」
アイガが小学生の時、何度目かも覚えていない転校先の教室で皆と一緒に交通安全を学ぶ四十五分の動画を見させられたことがあり、その中で安全対策のツールとして『衝撃吸収材』を紹介するシーンがあった。
バンパーに衝撃吸収材――見た目は厚さ一センチある湿布薬のようなものだ――を三つずつ張り付けた二台の車が猛スピードで正面衝突。
衝突の瞬間、破砕音は無く布団をたたくようなくぐもった音が鳴り、二台の車の間から小麦粉をぶちまけたような白い粉塵が爆発のように一気に広がっていく。
ここで教室の中がドッと湧き上がったことも思い出した。
白い粉塵が下に落ち切った後姿を見せた二台の車は共に無傷。バンパーにはヒビすら無く運転席に座るダミー人形も綺麗なままの状態だった。
衝撃吸収材。
衝撃を受けた際、自壊することでそれを相殺する安全対策ツールである。
世に出た時には一枚九万円もしたこのツールも時の流れとともに値は下がり、品質保証四か月以下の物ならカー用品店で三枚五千円で購入することが可能だ。
その三枚五千円の物がロボットの外装に三十枚近く張り付けられている。
ロボカップに出場する機体の胸や肩などの大きく出っ張った外装をよく見てみればそこに厚さ一センチほどの湿布のような四角い衝撃吸収材が複数枚セットで張り付けられていることが確認できるだろう。
六メートルある機体が転倒した際、胸なり肩なり外装の出っ張った部分、そこに取り付けた衝撃吸収材が最初に地面と激突し自壊することで転倒の衝撃を軽減させるというシステムだ。
これとコクピットブロック内で操縦者を包み込むように展開されるエアバックとの組み合わせにより、操縦者には転倒の衝撃が全く伝わらないことが大手企業の実験で照明されている。また接地した外装の破損率もほぼゼロだというデータもある。
「――ということで外装は必要不可欠。この吸収材を胸と背中、両肩、腰周りに取り付けるのがお約束になっているんだよ」
リィが立てた人差し指をクルクルとまわし得意気に語る。
その後で風根が捕捉を入れてきた。
「由良っち、外装には関節各部を雨から保護するって目的もあるぞ。ロボカップは屋外でやるからな。防水処理はしちゃいるが――」
「水に浸かるとモーターがおしゃかになっちゃうんだよね~」
「いや、おしゃかってほどには……。まあ、結局動かなくなるしメンテ必須になるから似たようなものか」
この会話を聞いて会員の一人が手を上げた。
「モーターといえばタツ会長、バッテリーの総量も増やすことになりますよね? 既定の上限までまだ余裕がありましたし」
「当然そうなる。前会長のおかげでバッテリーボックスは大きめに作っているしね」
「拡張性を見越してとか言って予備のバッテリーも大量に買い付けていたし、ここは
「ダブルモーターの仕組みとして、予備のモーターは必要な時のみ回すようにする。大きく脚を上げる時や脚を素早く動かしたい時とか。『必要な時』の判断は由良君との話で操縦桿の入力速度で見極めることになった」
「こうガッとレバーを動かせば脚がグワッと上がるようにする訳だ」
風根が操縦桿を素早く動かす仕草をする。これに東が冷や汗を浮かべた。
「あのぅかざやん先輩、操縦桿の入力速度ってことは制御ユニの再調教必須っすよね? まさか……」
「おう。アズミン当てにしてっから!」
風根がニカリと見事な歯並びを見せつけると東は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「そんなに大変なのか? 当然操縦者の俺も参加するんだが……」
「モニターの数字がゲシュタルト崩壊起こすんすよ。七が六なのか四なのか分からなくなってくるっていう。まぁ由良っち君ならピタリと的確な数値をくれそうっすけど、問題は作業時間っすね。運営のチェックが入るから大会の二日前まで必ず仕上げなきゃなんすけど、あっしらの作業は脚部の改造が終わってからになるから作業日数は二週間あるかどうか……」
「頑張ってね杏ちゃん」
「ふぇ~ぃ」
魂も吐き出しそうな深い溜め息をつく東の背中をリィが優しくさすりあげた。
この五分後、説明を終えた巽の号令で会員たちが動き出し『ゲイン バージョン9』への改造作業が始まった。
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