第十章 決勝

第48話

 第二種目の『射的』が終了し、大会は二十分の休憩時間となった。


 中型アームリフトの手を借りて対岸から戻ったゲインは自力歩行で『かきくけか』のテントに帰還。

 ゲインがテント前に停車していたトランスポーターのキャリアーに収まりうつ伏せになると、連絡を受けていた巽たちが右ヒザの確認作業に入った。

 アイガからの報告でどういった故障なのか見当がついていたので作業はきっかり六分で終了した。


 モーターやギアと繋がり関節を稼働させるメインシャフトは『チクワ』と呼ばれている金属パイプの中を通すことで機体の重みが掛からぬように保護されている。

 この『チクワ』が衝撃で割けて太腿部のフレームがメインシャフトに干渉してしまっていた。

 この状態で直立させると太腿部フレームと上半身の重量がメインシャフトに圧し掛かり、ヒザ関節を動かすたび――つまりメインシャフトが回転するたびにガリガリと接触部分が削られていくことになる―― という診断結果を巽から聞かされるとアイガとリィはそろって神妙な顔つきとなった。


「俺の見通しが甘かったせいですね」

「いや、そんな深刻な顔をするほどじゃないんだ」


 スイマセンというアイガの言葉を巽は遮った。


「故障としては軽度な部類だからね。修理自体も難しいものじゃあない。関節部を分解してメインシャフトとチクワを交換すれば良いだけだから二時間もあれば元通りできる」

「だな。ただ修理している時間も無ければ、替えのパーツも持ってきちゃいないし、クレーン代わりに使える機材もない。無いない尽くしってだけの話だ」


 風根の言葉にリィが愕然とした。


「じゃあ決勝はこのままの状態で?」

「もちろん脚はもう一本あるし、関節ブロックの中には詰め込んだタツ特製の緩衝材もあるから上半身の全重量が圧し掛かるワケじゃねぇが……」

「それでも動かし続けたら?」

「削られ摩耗したシャフトがにひん曲がって、回らなくなる。そうなるとモーターに負荷がかかり、最悪そちらがやられちまう」


 高価なモーターの故障は『かきくけか』にとって様々な意味で大打撃となる最悪の結果であった。

 どちらにせよヒザが動かなくなるならモーターに負荷がかかる前にシャフトがポキリといってくれた方が最善だといえるだろう。

 巽と風根からゲインの症状を聞いたアイガは口調を引き締めた。


「棄権しろとは言わないですか?」

「幅跳びに関しては僕らも許可を出しているからね。由良君が気に病む必要は無いさ」

「これはこの場にいる全員の意見だ。要するに決勝まで勝ち進んで、負けたら、壊れたらなんて言い出す奴はいないってことだ。開き直りとも言うけどな。由良っち君が棄権したいというなら構わないが――、上手くやってみせる自信はあるんだろ?」

「棄権するって言い出さないのは、つまりそういうことっすよね」


 東が期待に満ち溢れた目を向けてきた。

 予想外といっても良い皆の反応にアイガはヤレヤレというように天を仰ぎ口元を引き締めた。


「巽先輩、ダブルモーターをフル回転させ続けたしてヒザが動かなくなるまでどの位かかりますか?」

「こんな状態で回してみたデータが無いから断言はできないけれど。長く見積もって三分って所だと思う」

「常時フル回転させて三分か……」


 アイガはこのボクシングで笹原の裏をかくべく何種類もの計画を用意してきていたが、そのいずれもがダブルモーターを最大限に活用するものだった。


 脚が酷使に耐えられるのは十分前後になるとアイガは予測した。とはいえ笹原相手に十分以内に決着をつけることができるとは思えない。


「たぶん……いや、間違いなくメインシャフトは壊してしまいますね」

「ならそれを見越して準備しておくさ。風根、衝撃吸収材の予備をゲインのヒザに取り付けるぞ」


 巽たちはゲインの両方のヒザを覆う外装に衝撃吸収材を二枚ずつ取り付けた。

 折れるにせよ、曲がるにせよ、シャフトがいかれた場合、モーターの力が関節部に伝わらなくなるためゲインは必ずヒザをつく格好となる。

 ズシンとヒザをついた場合、その衝撃でダブルモーターが破損する恐れがあるが、こうしておけばその衝撃を吸収材が肩代わりしてモーターを守ることができる。

 これは最悪の被害を抑えるための下準備であり、同時に思う存分にやれば良いという操縦者二人への巽からのメッセージでもあった。


 その後、左肩外装にも衝撃吸収材を取り付け直し、大会運営が用意したグローブをゲインの両手の拳に装着。ゲインが決勝戦に挑む準備が整うと同時に二十分間の休憩時間は終了。

 場内に流れる第三競技開始のアナウンスが観客たちからの万来の拍手で迎えられた。


 第三競技「ボクシング」最初の試合は七位決定戦。そこから順番に五位、三位、と各順位決定戦が行われて、決勝戦は一番最後に行われる。

 大会運営からアイガとリィに機体搭乗の指示が来たのは競技開始から十五分後のことであった。


 時刻は昼食時であり、本来この休憩時間はロボットに乗り続けていた選手たちの食事の時間として設けられた物だ。


 巽たちからゲインの症状を聞いた後、アイガは食事を取ることなく前回のロボカップの決勝戦を一・五倍速で見返すことに時間を費やした。

 当然のようにリィも一緒に視聴。彼女も水を少量呑んだだけだった。


 ちなみに決勝戦に向けてのゲインの準備を終えた巽も、決勝への意気込みを撮りにきたレポーターの相手で何も口にできなかった。

 もっとも巽たちは操縦者と違い、いつでも飲み食いは可能ではあるが。


 運営からの搭乗指示でゲインに乗り込みコックピットブロック内のシートに腰を埋めるとアイガの腹が小さく音を立てた。

 自信の腹の虫の慎ましやかな抗議でアイガは今朝リィから差し入れてもらったサンドイッチが手つかずで残っていたことを思い出した。それらは三つ全てチェストリグのポーチの中に入れたままだ。


 決勝前に適当に一つつまんでおこうとポーチを上げてアイガは詰まらぬことを考えついた。

 適当この上ない運勢占いだ。

 お気に入りのディスプレイを頭に装着し目を覆うとチェストリグのポーチから手探りでサインドイッチを一つ取り出して、ひしゃげかけたビニールパックを手探りでめくり中身を口へと運んだ。

 サンドイッチは全てゲン担ぎのカツサンドである。

 食べたサンドイッチの中身がトンカツなら楽勝。ハムカツなら少し苦戦。チキンカツなら大苦戦。頭の中で今一度占いのルールを確認してアイガはサンドイッチにかじりついた。


 中身はチキンカツ――大苦戦である。


 そりゃそうだ。相手はあの覚先輩だぞ。

 自分のくだらない占い行為に苦笑し、アイガはサンドイッチを丸々口に詰め込みドリンクで流し込んだ。

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