6.扱いが雑
十妖老直属妖魔士が一人「鳳凰宮の遣い」は要人暗殺を任務としている。殺すだけでなく、殺害対象の監視や調査も同時に受け持っており、遣いが現れることは十妖老から不要と見做されたと言っても過言ではなかった。
強すぎる無能の統帥として、十妖老の監視下にある青也は一つ間違えれば十分にその対象となる。
しかし遣いは鼻で笑う仕草で、その問いを打ち消した。
「没落流派の馬鹿な統帥を殺すほど、俺は暇ではない。大体正面から暗殺などするわけがないだろう」
「だな」
青也もあっさりとそれを認める。元より警戒などしていなかったし、刀を抜く気もなかった。単に急に現れた相手に驚いただけというのが正しい。
刀を持った手を下ろすついでに障子の傍まで近づくと、その木枠を掴んで言い放った。
「用事がないなら帰れ」
障子が閉じて一秒後、「なんで!」という抗議の声が聞こえた。それは先ほどまでの鼻にかかった気取った低音ではなく、少々甲高いものだった。
閉めたばかりの障子が開かれて、黒づくめが青也の部屋に踏み込もうとする。
青也はそれを見るやいなや、思い切りその腹部目がけて蹴りを放った。
「土足で上がるな!」
「ギャア!」
蹴りを避けて慌てて後ずさった相手に、青也はもう一度打ち込もうとしたが、あることを思い出して動作を停止する。
「あ、いけねぇ。葵丸にオヤツあげなきゃ」
外廊の縁にしゃがみこんでいる相手を無視して、青也は部屋の奥へと引き返す。
壁際に置かれた金属製のラックからチョコチップクッキーの缶を取り出すと、中の一枚を指で摘まんだ。
「ほら、オヤツだぞー」
蛇は嬉しそうにクッキーを丸呑みした。口に入れる時にクッキーの欠片が落ちたが、青也は気にする様子もなかった。
「青也ぁ……」
反省したのかブーツを脱いで上がってきた直属妖魔士に、青也は振り返りながらクッキーを差し出す。
「お前も食べる?」
「要らない……。それより俺の扱いが酷い……」
「んな暑苦しい恰好してくるほうが悪いんだろ。お前のファッションセンスはドブ発祥か?」
「仕事用だってば」
ブーツを脱ぐと青也よりも背が小さいので、黒ずくめの衣装がアンバランスにも見えた。
「表から行くと内海さんに追い返されるし、裏から来れば無視されるし、酷くない?俺、ちゃんと言ったよね、東都に来……」
「近い」
青也は遣いの仮面ごと顔を抑え込む。
金属製の仮面が肌に食い込んで悲鳴を上げる相手は、誰もが恐れる暗殺妖魔士とは思えなかった。
漸く青也の手を逃れると、遣いはフードを脱いで、仮面を肌から引きはがした。
茶色い髪が零れ落ち、猫のような大きな目と長い睫毛が現れる。
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