8.雲の上には程遠く(終)

「七夕だってのに、ロマンも何もない日だったなー」


 ぼやくように淳平が言う傍らで、青也は首を傾げた。


「ロマンとか気にするのか?」

「別にそういうんじゃないけど、気分的な問題だよ。七夕飾りは嫌いじゃねーし」


 妖魔士連盟本部にマシラ討伐の報告を行い、資材置き場の管理者への連絡や近隣住民への説明などを行った後に二人は東都駅へと戻ってきたが、そのころには時刻も夕方になっていた。

 とはいえ、つい数週間前に夏至を迎えたばかりであり、まだ周囲は明るい。行きかう人々も、夕刻になったことに気付いていないかのように楽し気だった。

 駅前の喫煙所からその様子を眺めていた青也は、ふと思い出したように淳平を見る。


「そういえば朝霧の連中どうする?」

「俺がどうにかするよ。お前は秋月院のお坊ちゃんを上手く言いくるめておけって」

「手伝わなくて平気か?」

「青也が関わると余計ややこしくなりそうだし、一人でいい」


 火のついたタバコから煙を立ち昇らせながら淳平はそう言った。その様子を見て、青也は少しだけ眉を寄せる。


「それじゃ俺がいつも物事を引っ掻き回してるみてぇじゃん」

「違うのかよ」

「ちげぇよ。少なくとも悪意はねぇし」


 その返しに淳平は鼻で笑っただけだった。


「まぁ、青也らしくていいけどな」

「馬鹿にしてるだろ」

「いやいや、そんな畏れ多い」


 冗談っぽく笑った淳平だったが、「でも」と続けた。


「青也が変わってなくて安心した。やっぱりさ、裏青蓮院の統帥と嶋根の師範代じゃバランスが悪いし、ガッコ辞めたら疎遠になると思ってたから」

「なんだそりゃ。名前だけの貧乏流派だよ、俺のところは」

「お前は生まれた時からそこの立場だからわかんねぇんだよ。妖魔士ってのは血筋が物を言うからさ、俺みたいな普通の妖魔士からすると、お前とか秋月院の坊ちゃんは雲の上の存在なわけ」


 そう言った淳平に、青也はますます不可解な表情を浮かべた。


「雲の上の存在が駅前で煙草吸ったりしねぇだろ」

「そりゃわかるよ。頭では理解出来る。でもなんかなー、この前のお前見たら、やっぱり違うんだって思って」

「この前?」


 淳平は小さく頷くと、ある日付を口にする。それはつい先月に行われた妖魔士の全国大会の日だった。


「あの時に十妖老が揃ってただろ。青也は打掛被ってたから顔は見えなかったけどさ、立ち振る舞いっていうの? それが別人みたいだったから、やっぱり住む世界が違うんだなーとか、柄にもないこと考えたってわけ」


 どこか寂しそうに言った淳平に対して、青也は虚空を見上げて考え込む。数秒の沈黙の後に、青也は自信なさそうに口を開いた。


「先月?」

「そうだよ。水無月大会の二日目」

「……それ、俺じゃない」

「……は?」


 唖然とする淳平を置き去りにして、青也は少し前の記憶を辿る。


「俺の叔父さんだと思う。その日は大事な話し合いがあるから代わりに行くって言われて」

「大事な話し合いなのに、統帥の青也が行かないのかよ」

「大事な話だから俺じゃダメなんだよ」


 その一言で全てを察した淳平は、煙草の煙と共に深いため息を吐き出した。


「……そりゃ別人に見えるな。別人だもんな」

「別人だからな」


 先ほどよりも長い、そして複雑な沈黙が流れた。

 暫くして、それに耐えかねたように淳平が明るい声を上げる。


「まぁお前もいつか立派な統帥になれると、思う、ぜ?」

「慰めるならもう少し自信持てよ。雲の上なんだろ、俺」

「それについては一切忘れてくれ。俺の失言というか、勘違いというか、気の迷いだ」

「そんな真っ直ぐな目で言うなよ。なんか悲しくなるだろ」


 まぁまぁ、と淳平は煙草の吸殻を灰皿に放り込むと、青也の肩を強めに何度か叩いた。


「飯食ってこうぜ。ついでにどっかで遊ぶ?」

「今日なんか余所余所しかったの、そのせい? 俺と叔父さんを間違えるなよ。身長が二センチも違うんだぞ」

「わかるか!」


 二人は肩を並べて、東都駅の中へと向かう。人で賑わう駅のロータリーには願い事を沢山下げた笹飾りが何本も並んで、風に吹かれるたびに青青しい匂いを漂わせていた。

 青也はそのうちの一本を通り過ぎる際に、なんとなく短冊へ目を向けた。色とりどりの短冊には無邪気な願い事ばかりが書かれている。だがその中に一枚だけ、禍々しい恨み言が書かれたものが混じっていた。女か男かすらわからない震えた文字で、一つずつ刻むように書き込まれている。


「……まぁ結構あるよな、あぁいう願い事って」

「どうした?」

「別に、何でもねぇよ」


 それを叶えるものが出ないことを祈りながら、青也はその場を後にした。


END

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