10.交渉とは妥協である

「なんだそりゃ?」

「変でしょ? 経理局の局長も、報告を上げる前は騒いでいたのに、その回答後は「妖気で壊された証拠はない」とか言い出すし」

「何か隠しているってことか」


 純粋な感想を述べた青也に対して、郁乃は少し考え込みながら頷いた。


「その可能性が高い。でも一局員にどうにか出来るものじゃないし、かといって、安易に他流派が口出ししたりすれば、流派と本部の間の確執にも繋がりかねない。下手したらうちの門下生が経理局から除籍されるかもしれないでしょ」

「だから、鳳凰宮はお前に頼んだ?」

「そういうこと。でも俺だって本部のこととかよくわからないし、かといって東都にいる人間で俺が気軽に相談出来る人って青也しかいないしさ」


 ね? と郁乃は問いかける。

 青也はそれを見返しつつ、溜息をついた。


「俺だって本部のことなんか知らねぇよ」

「別に知らなくてもいいんだよ。中に入る手段は……まぁ非合法ではあるけど、ないわけじゃないし」

「非合法なのかよ」

「当たり前じゃん。合法に入れるんだったら、ロビーで喋ってないよ」


 郁乃は足を組むと、そこに左腕で頬杖をついた。


「けど中に入ってからどうするか、というのが全くもって未知数。行き当たりばったりになる可能性が高い。だから相談相手が欲しい訳」

「それで俺か?」

「柳の御曹司でもいいんだけど、青也も知っている通り、俺達って滅茶苦茶仲が悪いんだよね。仕事だったら別に喧嘩しないで事を進めるけどさ、相談は出来ない」


 青也は一応、無駄だと知りつつも、二人が相談する姿を想像してみた。


 だが、想像の中の二人が話し始めた瞬間に脳が思考停止してしまった。それほどまでの光景だった。


「お前ら、二人とも腹黒だからな」

「俺は違うもん。ピュアピュアなホワイトだもん。なんだったらピュアちゃんとか呼んでくれてもいいよ」

「ピラニア?」

「耳にウナギでも詰まってるの? ねぇ、手伝ってくれる?」

「マシラがいるなら倒したいけど……、不法侵入ってのもなぁ」


 渋る様子を見せた青也に、郁乃は思い切り呆れ顔をしてみせる。


「マシラ退治のためにビルから飛び降りたりするくせに、不法侵入如きを気にしないでよ」

「そうじゃねぇよ。俺はお前と違って気配を消したりするのは苦手なんだ」

「それは知ってるよ。俺が先導するから気にしないでいい。気配を消すのは苦手でも、探るのは得意でしょ。人が来たら隠れればいいだけ」

「簡単に言うなよ。もしバレそうになったら、俺は速攻で逃げるからな」

「別にそれでも構わないよ。不法侵入を見咎められるよりも、青也と一緒にいるのがバレるほうが俺にとっては都合が悪いし、そっちだって同じでしょ?」

「まぁな」


 正義の味方と暗殺者が一緒にいるというのは、誰が見ても良い状況ではない。


 青也と郁乃が親友であるというのは、郁乃の父親ですら知らない秘密であり、露見すべきではないと互いに認識している。


「まぁそういう条件ならいいや。一人ならなんとか逃げられるだろうし」

「やったー。青也、大好き」


 抱き着こうとしてきた郁乃を肘鉄で押し返し、青也は立ち上がった。


「で、いつ動く?」

「今日の夜」

「随分急だな」

「だって何でか知らないけど、俺が東都に入ったことを「情報屋」や「忍」が既に掴んでるんだもん。下手に警戒される前に片付けちゃおうよ」


 少し赤くなった顔を摩りながら、郁乃が立ち上がる。指の間から覗く瞳は、陰湿さが少し透けて見えた。

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