4.お飾りの統帥

「十二年前までなら、裏青蓮院の人間がどこで何をしようと黙認されてきましたが、没落した今はそういうわけにもいかないんですよ」

「でも」

「いいですか。そうやって好き勝手にマシラを倒したいなら、裏青蓮院流を復興してからにしてください。名前ばかりの没落流派のことなど、もう誰も重要視していないんですから!」


 強い断言に青也は黙り込んで、不機嫌に頬を膨らませた。


 かつて裏青蓮院流は、この国で最も権力を持ち、富や名声を欲しいままにしていた。「秩序とは正義である」と信念を掲げ、その名の元にマシラを倒してきた。


 それが失われたのは十二年前のある事件であり、今や裏青蓮院流は少しの土地屋敷を残して全ての財産を失い、門下生も最盛期の半分以下、百人足らずに留まっている。


 依然として青也のみ、父親達と同じ「正義の味方」を自称しているものの、その実態はあまりに空虚だった。


「じゃあ俺は何したらいいんだよ」

「何もしないでください、と言ったばかりですが?マシラは他の妖魔士に任せてください」

「俺より弱い妖魔士ばっかりじゃねぇか」

「そうですね。貴方は本当に才能だけは有り余ってますよ」


 嫌味っぽい口調で準一は言ってから、諦めたように首を振った。


「貴方が凡人程度の才能しかなければ、私も楽なのですが」

「そんなの俺のせいじゃない」


 実際、青也の妖魔士としての才能は群抜いて高い。幼少期から大人顔負けの妖気を所有し、一度見た技はすぐに覚え、天才的な戦闘センスを誇示してきた。


 青也と匹敵する、あるいはそれを組み伏せる才能を持つ者は数人しか存在しないと言われている。


 没落した貧困流派である裏青蓮院流が、十妖老に入っているのも青也の才能が原因だった。


 無力な流派が持つ、最強とも言うべき「武器」。

 それを恐れた他の十妖老が、無理矢理自分たちの監視下に置こうとした結果である。


「お前が何を言おうとな。俺は目の前で誰かがマシラに襲われてたら助けるぞ」

「これだけ言ってもまだわからないんですか」

「だって俺、悪いことしてねぇもん」

「あぁ、そうですか。なら仕方ないですね」


 不意に準一は青也の右腕を掴んで、勢いよく持ち上げた。その勢いで立ち上がった青也が反応しきれずにいる間に、準一はその腰についていた革製のホルダーを毟るようにして取り去った。


 ホルダーは小さな筒状が連なって出来ており、そこに妖魔を封じた札や戦闘用の道具が入っている。それを取り上げられたということは、実質丸腰であることを示していた。


「返せよ!」

「助けることが目的であれば、こんなものは要らないでしょう。貴方の最近の行動は目に余ります。暫く没収です」

「てめぇ、無茶苦茶だぞ言ってること」

「では先代にご判断を仰ぎましょうか」


 その一言に、青也は悔しそうに下唇を噛んだ。

 先代とはその名の通り、裏青蓮院流の先代統帥のことである。青也の叔父にあたる人間であるが、準一以上に青也が好き勝手に行動することを良しとしていない。


「どうしますか」

「……じゃあそれでいいよ」

「それでいい、とは?」

「わざわざ言わなくていいって言ってんだよ。大体あの人だって、呼ばなきゃ一ヶ月でも二ヶ月でも顔出さねぇんだから、呼ぶだけ無駄だろ」

「そうですか。では大人しくしていてくださいね」


 準一は慇懃に言い残して、その場を立ち去った。残された青也は地団太を踏みたい気持ちを抑えながら、奥歯を噛みしめる。


 温情のつもりなのか、いつも武器として使用している刀は残されたが、それには妖魔札が一枚仕込んであるだけであり、「クサビ」と呼ばれる妖気増幅器も、「ギョク」と呼ばれる調整器もない。


「今時、子供でも妖魔札一枚で戦ったりしねぇよ!」


 そう叫んでみたものの、返ってくるのは静寂ばかりだった。

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