5.鳳凰宮の遣い
自室に一人になった後、予備の道具を探してみたが、既にそれも準一の手により回収された後だった。
十畳の部屋は、半分だけを板張りにして机や棚を置いてある。畳のままの部分は、夜に布団を敷くためのスペースであり、普段から何も置いていない。
年頃の少年にしては物が少ないのは、青也が外で遊びまわるのが好きな性質である他、勉強が嫌いだからという二重の理由のためだった。
海保家の屋敷は、築数百年の立派な日本建築であるが、十二年前からは青也しか住んでいないうえに細部を修繕する資金もないので所々損傷が目立つ。
だが青也はあまり気にしていないので、今のところそれらは重大な損傷になるまで放っておかれていた。
青也の部屋は中庭に面した外廊下に繋がっていて、出入り口は外廊に繋がる障子と、内廊に繋がる襖の二か所存在する。
空気を入れ替えるために外側の障子を開いた青也は、その風に晒すようにして刀を目線の位置に持ち上げた。
「
刀の柄から、丸めた妖魔札を取り出すと、青也はそこに封じられている妖魔の名前を呼んだ。
平たい札の隙間から蛇の頭が顔を覗かせる。水色の透き通った鱗を持った蛇は、札から出るに従って厚みを取り戻し、尾の先まで出ると普通の蛇と何ら変わらぬ状態になった。
妖魔特有の赤い瞳をした蛇は、青也の腕に巻き付くようにしながら肩口まで昇ると、首を傾げる仕草をした。
「酷くねぇ? 内海の奴、リキとか雪花とか皆持って行っちゃったんだぜ?」
妖魔は辺りを見回して、真っ赤な舌を何度か出し入れする。
それは仲間である妖魔がいないことを嘆いているようでもあり、青也を嗜めているようでもあった。
「まぁ俺もちょっと調子に乗った発言したけどさ。それにしても武器取り上げるのは卑怯だろ。俺が統帥なんだぞ?」
蛇に話しかけながら、青也は大きなため息をつく。
「そりゃ、俺は此処でも十妖老でもお飾りだし、何の力もないけどさ」
「正義の味方としては強いと言いたいのか、第三席」
不意にくぐもった声が割り込んだ。青也は紺色の双眸を瞬かせ、そして開け放たれた障子から外へと視線を移動させた。
庭は簡易な日本庭園になっており、屋敷の補修具合と比べると綺麗に整えられている。庭の中央の池には睡蓮が数多く浮かんでおり、青と白の美しい花弁が揺れていた。
その池の畔に、まるで影のように立っている人間がいた。
黒いブーツ、黒い衣類、その上から真っ黒なミリタリーコートを羽織っている。
ご丁寧に両手も黒い皮手袋を装着しているのに、コートのフードの下から覗くのは、真っ赤に染められた仮面だった。
鼻から上を隠すその仮面は鳥を模したものとなっており、唯一覗いている口元は薄笑いを湛えている。
「鳳凰宮の遣い」
青也はその呼び名を、平坦な口調で放つ。
「用があるなら玄関から来いよ。そこにチャイムは置いてねぇぞ」
「これは失礼した。どこが門だか塀の破れ目だかわからなかったもので」
「へぇ、お前あんな小さい穴通れるのか。うちの鶏が通る穴だぞ、あれ」
刀を持ったまま、青也はその来訪者を見下ろす。
「何の用事だ。それとも、遂に俺の処分命令でも出たか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます