第三話 悪夢と踊れ 世界は狭い

1.治療と説教

 海保青也は、あまり褒められた少年ではない。


 あまり頭の良い方ではなく、口より先に足が出て、口を出したとしても内容が突拍子もないので、周囲を混乱させる。

 中学時代から不良として教師の手を煩わせ、最終的には高校在学中に喧嘩をして退学となった。因みに本来はただの停学だったのだが、反省文を出し忘れたので退学となったことを知る人間は少ない。


 そんな青也が、しかし存外他人に疎んじられも嫌われもしないのは、本人が他人の目を全く気にせず、交友関係に置いて非常にドライであることが原因として挙げられる。


 問題の多い人間が、他者にまとわりつく場合、同類でもなければ疎んじられる一方であるが、青也はそもそも他人に積極的に関わらない。

 友人はいるが一人でも全く気に留めず、一人で行動していることのほうが圧倒的に多い。何か問題が起きても他人を巻き込んだりすることもなく、一応筋は通っている。そのため周りも「海保青也とはそういう生き物である」と容認してしまっていた。


「まぁ、青也だからね」


 包帯を巻きながら言った男も、その手合いだった。

 全国でも屈指のレベルを誇る巨大病院、東都トウト中央病院の外科外来は、今日も人で賑わっている。

 横一列に並んだ診察室は、いずれも定期的に人を飲み込んでは吐き出すことを繰り返しているが、一番隅の部屋だけは、先ほどから機能していない。


 そもそもその部屋が診察室として機能することは、一年を通しても非常に稀なことであり、外で順番を待っている患者たちも、今日その部屋に人がいることなど夢にも思っていなかった。


「なんだよ、それ」

「そうでも思わないとやってられないよ。痛み止め出しておくから、食後に飲むんだよ」


 処方箋を書きながら、痩せぎすの男はそう言った。

 胸元につけたガラスバッジには「玖珠一帆クス カズホ」と名前が記されている。


 蒸し暑い文月フミツキの陽気などお構いなしに黒いタートルネックを着込み、その上から白衣を羽織っているのが暑苦しい。

 切れ長の吊り上がり気味の一重が、青いサングラスの奥で何度か瞬きを繰り返す。その男がドライアイであることを、青也はよく知っていた。


「治癒してくれればいいじゃん」

「はぁ? 百歩譲ってマシラを退治した時の怪我なら兎に角、新技に挑戦しようとして刀を足に刺した怪我を治癒するほど、俺は暇じゃないよ」

「ながーい目でみればマシラ退治じゃん」

「お前の場合、それを許すと大体の怪我を治癒する羽目になる」


 なので却下、と一帆は冷たく言った。

 青也より五歳年上の二十三歳なので、当然医師ではない。しかし、一帆は医師と同等の存在として認められている「治癒師チユシ」と呼ばれる妖魔士だった。


「下らない怪我に妖気費やして、いざという時に使えなかったら責任取れるのかい?」

「取らねぇけど」


 「取れない」ではなく、明確に拒否を示す。

 妖気を攻撃や防御に使う妖魔士が多い中、治癒を行う者も少ないながら存在する。だがその少数においても、一帆は特別な位置にいた。


 十妖老第七席「薬師院ヤクシイン」。

 他の十妖老と異なり、流派の名前ではなく、玖珠一族の通称である。


 最古の流派と言われる朱雀流や白扇流よりも、遥か昔から存在する一族であり、その実態は人間ではなく、妖魔ヨウマに近い生き物である。

 人間が妖魔を使わないと妖気を安定して用いることが出来ないのに対して、玖珠の血統は妖魔を用いずに妖気を操ることが出来る。


「俺は俺のルールでやるから。わかってるだろう?」

「へいへい。薬師院様にルールの強要なんてしねぇって」


 その血統から、玖珠一族に危害を加えたり、妖魔士法を強要することは問答無用で有罪となる。

 二十年ほど前にその禁を破った人間がいたが、あっという間に他の妖魔士達に処分され、戸籍や存在痕跡まで消されたらしい。全てが消されてしまったので、その話の真偽すら確かめる術がない。


「あ、そうだ」


 一帆はふと思い出したように呟いた。


「青也にちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「いつもの薬草探し?」

「そうそう」

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