5.森の中の一軒家

 森に近づくころには、辺りは一層静まり返ってしまっていた。耳が痛くなるような静寂の中、青也は額に滲んだ汗を拭う。

 森の中には古びた日本家屋が建っており、出入り口には農具が立てかけられ、すぐ近くには井戸と、タライの中に浮かんだ西瓜スイカが見えた。

 東都がある武蔵國では、絶滅危惧種と言っても良い佇まいの家だが、周囲に民家がないこの状況では、それほど珍しいものにも見えなかった。


「すみませーん」


 中に声をかける。だが、返事はない。

 一帆の話では腰を痛めた老人がいるはずだが、人の気配すらしなかった。


「病院にでも行ってるのかな?」


 外で冷やされていた西瓜のことから考えるに、老人以外も誰か住んでいると推測できる。こんな場所では車もなしに生活は出来ないだろうが、家の周囲には見当たらない。

 そうなると、家の者が老人を連れて病院に行ったと考えるのが妥当だった。


「薬草、置いてあったりしねぇかな?」


 一帆は老人に連絡をすると言った。となると出かけるにせよ、どこかにまとめておいてある可能性が高い。

 それさえ見つかれば、書置きだけ残して帰ることも出来る。


 青也は家の中に勝手に足を踏み入れると、まず広い土間を見渡した。

 玉ねぎが転がされたゴザ、作りかけの縄、手入れされたばかりなのか、金属部分が輝く鍬と鋤。


 そして、首のない男。


「うわっ!?」


 思わず後ずさった青也だったが、男が直立不動なのを見ると、首を傾げて目を凝らす。

 背丈は、首があれば青也と変わらないくらいだが、やせ細っているのと背骨が少し曲がっているために低く見える。柿渋色の着物を身に纏っていて、その表面は泥のような汚れがついている。

 首の断面は綺麗なもので、血管の一本一本や筋肉の筋まで確認することが出来た。


「そんなに見られると困るな」


 首の中心にある、恐らく喉笛が動く。

 発せられたのは、周波の合わないラジオのような、妙に枯れた声だった。


「じゃあどうしろってんだよ。スルーしてよかったのか?」

「それもそれで困るけど、君は驚いたりしないのかい?」

「驚いたけど、まぁ首がないだけだしな」


 マイペースに答える青也に対して、首なし男は愉快そうに笑った。

 笑ったといっても、首の切断面で血が少し泡立ったのを青也がそう判断しただけだった。


「まるで見慣れてるみたいじゃないか」

「そういうわけじゃないけど」

「十二年前に見飽きたかい?」


 青也はその台詞に目を何度か瞬かせる。そして紺色の双眸を細めて、首なし男を睨み付けた。


「なんだ、てめぇ」

「あぁ、怖い怖い。そんなに睨まなくてもいいじゃないか。ねぇ、首がないからわかりにくいだろうけど、今とても焦ってるよ」

「知るか。俺は薬草を取りに来たんだ。てめぇが薬草持ってないなら、この場で叩き切るぞ」


 刀袋から取り出した刀を腰に構え、青也は怒り混じりの声で告げる。


「君、短気なんだね。それとも、思い出したくないことでもあるの?」

「知るか。俺はそういうまだるっこしい話し方が嫌いなんだよ」

「まぁ思い出したくないのも無理はない。何しろあれは酷い事件だった。皆死んでしまった。街も死んでしまった。有能な人々はいなくなり、使えない者が残された」


 男の指が青也を指さした。


「君のことだよ。正義の味方クン」


 青也は舌打ちをすると、刀を抜いて男に斬りかかる。

 確かな手ごたえがして、その身体が真っ二つに裂けた。

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