6.十二年前の悲劇
「もう誰もいない森にあの子を導いて、どうするつもり?」
「誰もいないことを確認して欲しかったんです」
紫苑は一帆から目をそらさず、煙草の煙を吐き出した。
「変な言い訳は嫌いだよ、俺」
「言い訳するつもりはありません。ですが少々事情があったことは説明させてください」
才能がなくとも、人望が薄くとも、紫苑は裏青蓮院流の副統帥である。一帆はその気になれば、どんな人間でも従わせるだけの力は持っていたが、それを濫用する気は露ほどもなかった。
「紫苑さんが御存知の通り、あの森にはもう誰も住んでいません。十二年前に全員死に絶えてしまいました」
「
「はい。あの近辺は比較的被害は少ないところでしたが、それでも犠牲者は出ました。その辺のことについては、俺より貴方達の方が知っているはずです」
妖魔士が討伐する「マシラ」は、世界の歪みによって発生する。
その歪みが大きくなりすぎると、「大マシラ」と呼ばれる巨大な個体が召喚され、歪み切った世界を正そうとする。
それは何百年も前から、妖魔士達が命がけで立ち向かってきた存在であり、その度に犠牲を払いながら大マシラを退けて来た。
だが、十二年前に現れた「灼龍」は、史上最大にして最悪の被害を生み出した。東都の殆どが焼け野原となり、列強の妖魔士だけでなく、一般人も多く犠牲になった。
犠牲者への慰霊塔が建てられたのが事件から三年後だったという事実も、被害の大きさを物語っている。
「そりゃ知ってるけど、俺にとっては事件の後の方が悲劇だったからなぁ。忘れちゃったよ」
「……それは」
「兄貴も親父も死んで、俺とあの子だけになったのをいいことに、皆でよってたかって責任押し付けてきてさ。兄貴が地方への連絡を怠ったから、被害が拡大したとか嘘を吐いた」
「でも通信記録は」
「残っていない」
煙が天井に向かって吐き出される。
紫苑の吸っている煙草はタールの重いもので、距離を取っている一帆のところまで濃い匂いが漂っていた。
「残っていないなら、兄貴のせいとも言いきれない。結局、わが身可愛さに、だーれもいなくなった裏青蓮院流に押し付けたんだ。そうすれば泥被るのは、出来損ないの次男坊と、六歳の子供だけ。例えそれで野垂れ死のうが、痛くも痒くもないってわけ」
「あれは、爺様の……」
「あぁ、そんな顔しなくていいよ。別に恨んでないから」
微笑みながら紫苑は言ったが、一帆は頬を強張らせたまま、何も返せなかった。
実際、灼龍事件の時には一帆は十二歳だったので、無関係である。
だが、自分の祖父たちが何をしたかは、理解をしていた。
有能な妖魔士や、統帥家系の殆どが死んでしまった裏青蓮院流は、すぐに潰れると思われていた。
どうせ潰れるなら、と責任を押し付け、死んだ統帥達に泥を被せ、それで他の流派の尊厳を守った。
しかし裏青蓮院流は、没落しながらも存続した。そして彼らは今度は、強すぎる天才妖魔士を見て、恐ろしくなった。自分達に、この子供は復讐をするのではないか。だが、処分するわけにはいかない。この子は次の脅威のための駒にしなければならない。
だったら反乱因子にしてしまえば良い。その処分猶予をちらつかせ、裏青蓮院流を十妖老に就任させれば、青也を東都に幽閉することが出来る。
考えるだけで反吐の出そうな内容だったが、それについて全て無関係だと言えるほど、一帆は恥知らずではなかった。
その現状を知りながら放置している一帆に、偉そうなことを言う権利はない。
恨んでない、と言う紫苑の目は穏やかだった。なのでそれは本心であると思われた。
恨んではいない。だがいつか殺してやる。そんな視線だったとしても、誰もそれを咎めることは出来ない。
「話を戻そう。森には何がいる? 何もいないところにあの子を行かせるわけがない」
「……それにはまず、薬草の話からしないといけません」
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