14.経理局は換気をしない

「あれ?なんでお前、妖気使えるんだ?」


 青也はふと気づいて尋ねた。


「妖気が使えないようになってるんだろ、此処って」

「全く使えないわけじゃないよ。通信用とか治癒用は許可されてる。だから、式が通信用だと誤認してくれるような細工をしてるんだ」


 郁乃は銃のグリップ部分を青也に見せた。

 そこには本来の拳銃にはないスリットがいくつかあり、「楔(クサビ)」と呼ばれる妖気補助装置を挿入出来るように出来ている。

 それは妖魔士が使う武器に必ずと言っていいほど実装されている機能だった。


「この楔で、攻撃用の妖気を通信用に見せかけてるってわけ。まぁ小難しい制限があって、難しいものは使えないけど、単純攻撃ぐらいは余裕で誤魔化せるよ」

「それも出所は秘密か?」

「いや、これは情報屋から受け取った。青也にも一個貸してあげるね」


 念のため、と手渡された黒い楔を、青也は自分の日本刀の柄にあるスリットに嵌め込んだ。


「じゃあ入ろうか」

 

 郁乃が扉を内側に開いて、そこにかかっていたロールカーテンを手で押し上げる。

 先に行くように促された青也が、カーテンの下を潜り抜けると、少し埃っぽい匂いが鼻をついた。


「換気してねぇのか、この部屋」

「建物自体が密封性が高いからね」


 部屋は十メートル四方で、向かい合わせに鉄製のデスクが二列並んでおり、窓際には木で出来た立派なデスクが置かれている。

 窓から差し込む月明りが逆光になって見えにくいが、どうやらそこが局長の席のようだった。


「そういえば、風邪が流行ってるって聞いたけど、これじゃ無理ねぇな」

「風邪?」


 準一から聞いた話を伝えると、郁乃は黙り込んで考える仕草をする。


「どうした?」

「何でもない。それより、さっさと調べちゃおう」


 ロールカーテンを持ち上げたままだった郁乃がそう言ってしゃがみ込んだので、青也もそれに倣って、扉に視線を向ける。

 マシラによって壊されたとされる自動施錠装置は、扉の内側にあった。

 左右に箱状の装置を配置し、扉が閉まると自動で鍵が閉まる仕組みとなっている。

 壊れたものはそのまま、新しい施錠装置を上に設置していたが、暗い中で見ると、その扉だけ厳重に管理されているようにも見える。


「壊れたの、外してねぇのか」

「あぁ、うちの門下生が「直せるかもしれない」って言って、撤去させなかったんだよ。まぁ上層部はマシラとの因果関係を認めてないから、これを強引に撤去する口実がないしね。逆手に取ったってわけ」

「お前のところって、そういう人の弱みにつけこむのが上手いの多いよな」

「ありがとう。褒め言葉と解釈するよ。それより、これ見て」


 郁乃が施錠装置を指で示した。

 若干ではあるが、装置の表面が膨らんでいる。


「外側から強い衝撃があったと考えられる。でも扉には損傷らしきものは見当たらなかったから、やはり物理的な攻撃じゃなくて、マシラの妖気による破壊だね」

「けど、なんで此処だけなんだ?さっき入る前に見たけど、似たような間隔で扉が沢山あるじゃねぇか。他の部屋に被害はなかったのかよ」

「報告はされていない。うちの門下生も秘密裏に確認したそうだけど、備品交換の申し出もなければ、セキュリティシステムのエラーもなかったらしい。偶然経理局の鍵だけが壊れたのかもしれないけど……」


 言い淀む郁乃に対して、青也は次に浮かんだ疑問を口にする。


「他のが壊れてなくて、経理局のだけ壊されたってことは、少なくともマシラが扉に接触していたってことだろ?中にマシラが好むようなもんでもあったのか?」

「此処にあるものなんて、若干のお金と帳簿、それに算盤くらいだよ。それに欲しかったら中に入ってるってば」


 マシラが中に入っていないことは説明済みだと言わんばかりに、郁乃は首を左右に振る。


「いや、欲しかったとかじゃなくて、なんで此処でマシラが妖気を出したのかが知りたいだけなんだけど」


 妖気を出し続けてマシラが走ったのであれば、他の扉も被害を受けていなければおかしい。

 この扉だけが被害に遭ったのであれば、マシラはここで立ち止まって、妖気を放出したことになる。


「もし此処の鍵を壊すことがマシラの目的だったら?」


 青也がふと頭に浮かんだ言葉を口から出すと、郁乃は驚いた顔をした。


「どういう意味?」

「いや、なんとなく思っただけ。でも中に入った痕跡はねぇって言ってたから、壊しても意味ないか」

「……いや、中に入らなくても鍵を壊すことによって得られる結果はあるよ」


 郁乃は経理局内の静まり返った空気を見回す。


「扉を開けるという動作には大きく分けて二つの目的がある。一つは移動のため。そしてもう一つは換気だ」

「虫を逃がす時は?」

「それ入れるとややこしくなるから却下。この部屋の空気を入れ替えるために扉に対して妖気を注ぎ込んだとしたら、中に入った痕跡がないのも、必要以上に破壊されなかったのも頷ける」


 その説明を受けても、青也は全く合点出来なかった。

 頭が悪いと言うより、頭の回転が自由形である少年は、小難しいことを理解しようとしても、脳のほうが勝手に思考を放棄する。


「マシラがこの部屋の換気をした?なんで?大掃除のシーズン?」

「この春の麗らかな陽気に大掃除するのも悪くないけどね。多分マシラにはその概念はないよ。単純に、この部屋に籠っていたものを出そうとしたんでしょ」


 郁乃は流暢に自説を述べ始めた。


「マシラというのは世界の歪みから発生する。そしてマシラは人間や妖魔の持つ、妖気に似たものを所持している。まだ解明はされていないけどね」

「そのぐらいはわかってるよ。マシラを放置すれば、大いなる災厄が現れる。だからマシラを見つけたら速やかに排除すること。俺達の常識だ」

「その大いなる災厄の中には「疫病」も混じっている」

「疫病って、伝染病のことか。……あれ?」


 青也は先ほど自分が話したことを思い出して、疑問符を上げた。


「経理局で風邪が流行っている……」

「そう。つまりこの部屋に歪みが生じていて、外からそれを嗅ぎ取ったマシラが、それを外に逃がそうとして鍵を壊したと考えられる」

「経理局で歪みが発生するような何かがあったってことか?」

「まぁ局の性質からして、予算や決算における横領とか、違法取引だとは思うけどね」

「でも鍵を壊したマシラは何処から来たんだ?」

「それは多分上層部」

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