10.類似する二つのモノ(終)
「マシラの、巣では、な、なかったか」
「不定形マシラだな。あの建物の中に観葉植物でも残ってて、それを媒体に成長したってところか」
「ぎ、擬態型か。珍しいが、と、特に研究対象にはならないな」
二人がビルを脱出した後、その一帯は崩落の危険性有として警戒が敷かれた。
入る前には青々とした枝を広げていた木は、無様に枯果てた姿をさらしていた。依然として降り続ける雨がどんなにその木肌に染み込もうとも、蘇ることはない。
宗雪は外に出ると、すぐに青也を連れて近くの高級ホテルへと向かった。現場から数百メートルと離れていない、豪奢で立派なホテルのカフェテリアで、雪正は優雅に紅茶を飲んでいた。
「お前、一人で休んでるんじゃねぇよ」
「う、うるさい。頼みたいなら、た、頼め」
「こっちに厄介ごと押し付けておいて偉そうに。青也も何か頼めよ。雪正の奢りだから」
青也は奢りと聞くと、喜んで同じ席に着いた。
外で動き回ったために、青也も宗雪も服は汚れているし、髪も濡れている。
しかしホテルのボーイはそれを咎めることもせずに、上等なタオルを一枚ずつ提供しただけだった。
「高い珈琲飲みたい」
「え、遠慮せずに頼んで下さい。こ、今回は、迷惑をかけたようだ」
「やった。すみませーん、これ下さい」
青也がメニューの中でも一際高い珈琲を注文すると、それに便乗して宗雪も同じものを頼んだ。
「お、お前は自分で払え」
「やだよ。ケチケチすんな、統帥だろ」
雪正は何か言いたそうに口ごもったものの、青也の手前ということもあって、口論に発展するまえに引き下がる。
「巣だと思ったのだが、ど、どうも違ったようだ」
「まぁ仕方ないだろ。目撃情報も少ないうえに、十二年前の報告書だって形状も中のマシラもバラバラ。もしかしたら今回みたいに、擬態だったのかもしれないし」
「研究素材としては、べ、別に欲しくもないが、一応報告、報告書だけは、も、貰っておこう。擬態型は、西ではあまり、で、出てこないし。そ、それでいいな?」
「俺はいいけど。あんたがそう決めたなら」
興味なさそうに言い切った宗雪は、青也が黙っているのに気付いて視線を向けた。
「どうした?」
「あのさ、一つ聞いていいか?」
「あぁ」
青也はタオルで髪を拭きながら、雪正と宗雪を交互に見た。そして、右の人差し指を伸ばすと雪正を示し、首を小さく傾げて言った。
「あんたが宗雪のオッサンだろ?」
雪正はその言葉に、驚いた表情を浮かべる。
「ど、どうして」
「さっき、マシラにとどめ刺したの、あんただろ? このホテルの屋上からだったら、何とか狙える距離だ。でもあそこまで正確な射撃は雪正統帥じゃ無理」
宗雪はそれを聞いて「言うねぇ」と口角を吊り上げる。
「それにさっきまで俺といた宗雪のオッサンは、マシラの巣のことを「もうちょっと軟弱な作りだった」って言った。灼龍事件の時にいなきゃ実物は見れないだろ。だから、あんたが斎木宗雪で、こっちが東峰雪正だ」
少しの沈黙の後、雪正は含み笑いを零しながら髪を掻いた。
「ったく、お前は変なところで鋭いな。いつもは空っぽ頭に小鳥を埋め込んでるような奴なのに」
「だ、だから反対しただろう」
宗雪が、否、普段は雪正である男が抗議する。
まるでこの瞬間に、中身が入れ替わってしまったかのようだった。
「だって、偶には交換しておかないと、いざという時にバレるかもしれねぇだろ。影武者にも修行ってもんが必要なんだよ」
「と、東都でやらなくともいいだろう。だ、大体、お前の話し方は、つ、疲れるんだ。この悪趣味な髪も、刺青も」
「後で落としてやるから、今は変装解くなよ。影武者の意味がねぇからな」
意地悪く笑う宗雪を雪正が睨み返す。
「い、嫌味か」
「嫌味のつもりはねぇよ。俺だって出来ればあんたの影武者なんかしたくねぇし。まぁでも相変わらず、俺とあんたは思考回路が一緒ってことはわかったよ」
妾の子である宗雪は、雪正の影武者として育てられた。そのため、宗雪の存在は長いこと隠され続けており、その存在が公になったのは十二年前のことだった。
詳しいことは青也もよくは知らないが、雪正の母親は宗雪を完全なコピーにしようとしたらしい。幼い頃から様々な手を使って、宗雪の性格も考え方も雪正と寸分変わらぬように「調整」した。
「なんとなく嫌な予感がして屋上に行ったら、あの様だろ? 俺の振りするなら、躊躇わずに撃てよ」
「ど、どうせお前が気付くから良いと思ったんだ」
「だから、そういうのが嫌なんだよ」
宗雪は小さく舌打ちしたが、それが思いの外大きく響いたため、少しバツの悪い顔をした。
「……まぁいいや。後で中で起こったことを教えろよ。記憶を共有しておかないと、秋月院に何か聞かれた時にボロが出るからな」
「わ、わかっている。言われるまでもない」
そこに珈琲が運ばれて来たため、青也は冷えた体を温めようとカップを手に取った。
「青也、砂糖は要らないのか?」
宗雪がそう尋ねると、雪正が横から口を挟む。
「青也統帥はブラック派だろう」
「あり? そうだっけ?」
青也は二人のやり取りを聞きながら、カップに口をつける。いつも飲んでいる缶珈琲と違って、少し酸味が効いている。正直、ただ高いからというだけで注文したそれは、青也の味覚ではまだ理解出来なかった。
だが青也は、それ以上に理解が出来ないことがあったため、二人に向かって口を開く。
「……俺、ブラック飲むことは宗雪のオッサンにしか言ってないと思うんだけど」
カップから立ち昇る湯気の向こう側で、二人の妖魔士が同時に振り返る。
「俺が知ってる斎木宗雪は、本当はどっちなわけ?」
浮かんだ笑みは寸分の狂いもなく同じもので、青也にはそれが見慣れたものかどうかさえわからなかった。
END
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