8.窃盗団と残党の誤算

「カーゼンヌ教会事件の残党は、裏ルートに妖魔士の私物が流れ出るのが一定の人間に認識されるまで待っていた。その間もターゲット二人の動向は気にしていたと思う」


 妖魔士の私物が売られて、それを誰かが購入する。

 その繰り返し行われる売買が、あくまで窃盗団の新しいビジネスであるかのように、彼らは細工した。

 あくまで売買の一部として、二枚の妖魔札を手に入れようとした。


 だが二人は活動的ではあるが真面目な性質であり、自分の私物を不用意に放置したり、まして妖魔札を手放したりもしない。

 焦れた彼らは直接的な手段に出た。偶然二人きりだったのを執拗に追いかけまわして、痛めつけたうえで妖魔札を取り上げた。


「……それじゃ変だろ」

「そう。変なんだよ」

「そこまでお膳立てしておいて、此処にきて全てパァにする理由がわからない」


 青也は頭の回転は遅いが、それでも今の話の矛盾点は理解出来る。

 二人がなかなか私物を手元から離さないからといって、実力行使をする前にいくらでも手段はある。


 例えば、荷物を運ぶのを手伝ってもらうとか、警察官の振りをして荷物を改めるとか、昔からある手だ。

 純朴で鈍いあの二人なら確実に引っかかる。


「時間かけていられないから、俺も少し考えてみたんだよ」

「わかったのか?」

「青也は?」

「うまく言えねぇけど……窃盗団は窃盗団、残党は残党でお互いに非常事態だった?」

「あ、本当にうまく言えてないね。でも言いたいことはわかるし、俺もそうだと思う。 残党は窃盗団を雇って一連の事件を起こさせていた。でも窃盗団としてもいくら依頼されたからといって危ない橋を渡ったり、利益にならないことはしたくない。そんな時に裏の情報網で俺が調べ物をしていることが窃盗団にはわかっちゃったんだろうね。俺も隠す気なかったけど」


 鳳凰宮の遣いが東都に来る。

 窃盗団は自分たちがやっていることが露見したと思ったに違いない。


 妖魔士でない一般人でも、十妖老直属妖魔士という存在がなにを示すかぐらいは知っているし、犯罪者ともなれば尚更だった。


「それでほとぼり冷めるまで仕事を辞めようとしたんだろうね。でも残党からしてみれば、いい感じに噂が広まってたところで、ここからが本番。辞めてもらっちゃ困る」

「しかもそんなタイミングで、清人と玲一路が一緒に出掛けた」

「そう。残党は力ずくで二人から札を盗んだが、窃盗団はただでさえ自分たちのことがバレそうな時に勝手なことをした残党を責めた」

「その結果、死んだのは窃盗団の一人」

「そういうこと〜。掏った私物を裏ルートで流そうとした窃盗団の一人は、自分たちが盗んだ覚えのない札が流れているのを知った。しかもそれは残党から頼まれた最終ターゲット。どういうことだと残党を問い詰めに行った路地裏で殺されちゃったのが、さっきの男の経緯ってとこかな」

「あーーーー」


 青也は平淡な声をまるで呼吸のついでのように絞り出すと、頭を右手で掻いた。


「ややこしいな。俺向きじゃねぇ」

「青也、マシラを潰すのとか好きだもんね。単純作業向き」

「おう」


 特に否定することもなく言えば、嫌味が通じなかった郁乃の苦笑が返される。


「窃盗団と残党は既に協力関係になく、寧ろ窃盗団の一人を殺した時点で残党の立場は更に悪くなっている。崖っぷちってところ。俺がこっちに来ていることを知っているなら尚更だ」

「つまり?」

「時間がない。行動に移すなら恐らく今日中だね」


 青也は自分の携帯電話を見た。時刻は既に夜の八時に近い。

 だが東都の夜はこれからが本番とばかりに、ネオンサインと人で溢れかえっている。


「……残党ってのは妖魔士じゃねぇよな?」

「そうだね。妖魔士を皆殺しにしようとしていた集団だから」

「じゃあ妖魔札は本来使えねぇよな?」

「うん」

「それでどうやってトラブル起こすんだ?」


 それは青也にとって素朴な疑問であったが、郁乃は「わからない?」と優越感を滲ませた笑顔を浮かべる。

 思わず腹が立って、右足で相手の左脛を蹴り上げた青也は恐らく悪くない。


「暴力反対! 俺の美しい脛に痣が出来るでしょ!?」

「男の脛を愛でる趣味は俺にはない。それともバランス整えるために右脛もやっとくか?」

「何その思考、正義の味方にあるまじき暴力性だよ!」

「いいから早く話せよ」


 またも話を途中で断ち切られた郁乃は、絶句して口を開閉していたが、数秒で立ち直ると説明を始める。


「妖魔ってのはさ、札から出すには妖気を注ぎ込まないとダメなんだよ」

「そんなの五歳のガキでも知ってる」

「そう。だから残党だって十分知ってる。自分で妖気を出して妖魔を解放出来ないなら、誰かにやってもらうしかない」

「でも自分の妖魔札じゃないと妖気適合率があるから解放出来ないだろ?」


 青也は再び子供でも知っている常識を口にした。

 だが同時に、あることを思い出して首を軽く傾げる。


「あ、いや。待てよ……確か妖魔札の修繕の時ってそのまま業者に預けるよな……」

「そう。誰のために作られた札かに関わらず、強制的に妖魔を解放、封印出来る場所がある。札の修繕、改修、販売を行う術具屋」


 妖魔札は個人個人に合わせて作られるため、よほど妖気の似ている者でもなければ、他人の札を使うことは出来ない。


 だが例えば一卵性の双子であればお互いの札を使うことも可能なことがある。


 つまるところ、札から妖魔を解放するのに合致する妖気があれば良い。

 所謂、マスターキーのような装置が、術具屋には存在する。


「それを使えば、妖魔士じゃなくても妖魔を使うことが出来る。術具屋だったら他に腐るほど武器もあるし……、青也どうしたの?」


 眉間に皺を寄せて、黙り込んでしまった青也を見て郁乃が首を傾げた。


「やべぇ」

「え?」

「あいつら、翡翠堂に向かわせちまった」

「何してんの!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る